3.Contract : Unprecedented
勝負が決するのは、めちゃめちゃ早かった。
今までの、細々とした、地道な作業を何のためにしてきたのか分からなくなるほど早かった。
オーリッドのカタキウチ宣言の後、ビビりまくったラヴィラフィッツ=アイリアを一撃のもとに撃沈させ、城を魔道(何かもう何の魔術を使っていたのか考えるのも、面倒だった)でこれでもかッ! という程破壊し、近くの役所に突き出したのだ。
城のあった場所は森の半分と共に焼失してしまい、どーゆー因果か知らないがラヴィラ(以下略)が巻き込まれて黒コゲになっていた、というのはまた別の話である。
そして今、俺たち三人はタウン=セシカを後にして、領主様への報告のため、ランスレイル城に向かう途中だ。
…何でか、オーリッドがついていくと強情に言い張ったので、こんなコトになってしまったのである。
「んで、結局お前は何者なわけ?」
街道を、てくてく歩きながら俺はオーリッドに尋ねた。赫【あか】色の目が数度瞬き、きょとんと見返してくる。こんな表情は、年相応だなぁーと妙なことに感心する。
「私? そうね、もう言ってもいいわね…。
私は北方【リーベンレディス】の魔女よ」
……………………………………………………。
『はぁッ!?』
俺とティリスの声が、見事にハモる。
北方の魔女だとぉぉ〜〜〜!?
断言しよう。別に双子でなかったとしても同じ調子でハモったに違いない!
「嘘だろぉ〜〜〜〜〜〜!?」
俺はやっぱし頭を抱えた。ラヴィラちゃんの城で言ったことは冗談だったのに!!
それが真実だったなんて、詐欺だ!
確かに北方の魔女は、若いと聞いてた。聞いていたが、同い年とは思わんぞフツー!! あなどりがたし、ラーフェイル王国!!
「いやっ! お前トシ誤魔化してるんだろー!?」
ごぃん!
俺がそういう結論を口に出した途端、杖で殴られた。
思いっきり痛ぇぞ! それ!!
文句を言いたかったが、痛すぎて何も言えなかった。ただうずくまって呻【うめ】くのみに留まる。
「…………………今のは、少しヒドイぞ………」
「いいのよ。ラミア君だから」
「まぁ………そうだけど」
二人とも、血も涙もない鬼のよーに冷淡薄情なヤツラだ。
「じゃっ、じゃああの死神って何だよ!?」
「私がそうだから」
「全然わかんねーよッ!!」
がーッッ! とかって声上げたいぐらいだ。上げたけど。
「だって、私と関わった人、早死にするんだもの」
あ、そーゆーことね。(ぽむっ←効果音)
…ってオイ。
「俺たちも早死に決定だな」
「…そーだなー…」
冷静に言うなよ、ティリス…。思わず俺は脱力する。
やっぱし俺は死神を拾ったらしい。
「気にしない気にしない」
ぽんぽんっと軽く肩なんぞ叩いて慰めてくれちゃってるオーリッドである。
「…もぉ、いいや、次の質問」
「どんどんどうぞ」
「ルヴァスってのは誰か、敵討ちってどういうことだ?」
俺がそう問うと、やっぱし来たか、とゆー表情で嘆息するオーリッド。
「ルヴァスは…私の夫だった人、よ」
ずべしゃぁっ!!
俺はその場で盛大にコケた。
…夫、夫って言ったよなってか言っただろー!?
「……あ、あの、それって…………えーっと…………あー……」
俺がコケてる横で、何か言おうとしているティリスがしどろもどろになっている。
気持ちはわからんでもない。
「何、その反応。 私ほどの美人を放っておく男なんていないわ」
…いや、んな当然のように言われても…
「お前、そんなで既婚者っ───!?」
げぃん!
俺がみなまで言い終える前に、オーリッドの攻撃第二弾。
痛みのあまり呻く俺を無視して、彼女は続ける。
杖持ってから、凶暴だぞこの女…。
「でも出会い方は最悪だったわ! 初対面で斬りつけてきたのよ? 信じられる!?」
まだ復活出来てない俺とティリスをよそに、なんか同意を求めてくるオーリッド。
……それにしても、こんな女に手を出すとは、勇気ある旦那である。
「ちょっとムカついたものだから私もやり返したけど!」
……その夫にしてこの妻あり。
「そんで、聞いてくれる!?」
「だぁぁぁ───ッ!! 夫のグチなんか事情知らない通りすがりも同然の人物にするなぁぁぁ───!!」
がばぁっ、と起き上がって俺はわめく。
するとオーリッドは明らかに傷ついた表情をして見せ、よよよ…と泣き崩れる。
………お前キャラ変わってんぞ………
「いいじゃないの、別に…。傷心の女の愚痴【ぐち】ぐらい聞いてくれたって…」
「あのなぁ〜」
頭をかきつつ呆れた声で俺は唸った。
「それはともかく…ルヴァスさんは、どうしたんだ?」
ようやく硬直状態から脱したティリスがオーリッドを見て言う。
その質問に、オーリッドは泣き真似を止めて、立ち上がる。
白い外套【がいとう】についた土を軽くはたきながら、
「死んだわ。半年ほど前に」
───え?
思わず顔を見合わせる俺たち。
「ラヴィラの住んでた城はね、もともとルヴァスが住んでたの。彼の死後に、どうやら買い取った様ね…。
ルヴァスは創師で、再生の灰【リヴァイリア・アッシュ】を用いた使い魔生成方法を確立させたのよ」
………………もしかして、実はスゲェ有名人? 知らなかった………………
「で、それとラヴィラちゃんがどんな関係…」
と、途中まで問いかけて、はたと気付く。
『再生の灰【リヴァイリア・アッシュ】を用いた使い魔生成方法』??
それって……
俺が不意にオーリッドの方を向くと、彼女は息をついて肩をすくめた。
「そう、多分、ラミア君の推理は外れてないと思うわ。
ラヴィラは、言うなればルヴァスの商売敵。そこまで根性腐ってるとは思わなかったけど───技術の盗みを働いたわ」
『───なにぃ〜〜〜!?』
やっぱしかよ!!
額に手を当て、俺はそう思った。というのも、魔道師間での技術の盗み合いなど、それこそ日常茶飯事だからである。
小さなモノなら話し合いでカタが着くが、発展すれば国同士の戦争にもなりかねない。規模は様々だが、事件一向に減らない。
「再生の灰【リヴァイリア・アッシュ】の事もそうだし、約櫃刻書【やくひつこくしょ】の写本・訳本もよ。
そして最後には私の名前を使って魔鬼【マキ】に街を襲わせる、ですって?
いくら温厚な私でも堪忍袋の緒が切れた、というわけ」
そら、切れるわな……。
もし俺がオーリッドの立場だったとしても、同じように仕返ししてただろう。
「ラミア君達のことをね、タウン=セシカで聞いた時にこれを利用しようって思ったのよ。
ランスレイル領主絡みの人物だったら、私にとっても都合が良かったし…で、わけのわからない因縁をつけて、行動を共にしてたってわけ」
それで、こいつは事実を伏せてたわけだな。何故北方【リーベンレディス】の魔女が犯人で無いと言えるか、と問うたのも自分の正体を悟らせないため、だったのだろうか。
………………コイツのことだから、どんな反応するのかを楽しんでただけかもしれない。
「都合が良かった、って……まさか、領主とも『知り合い』だ、とでも?」
もしかすると、冗談だったのかもしれない。
少しだけ口の端を持ち上げた、皮肉な笑みを浮かべてティリスがそう言うと、オーリッドはあっさりと頷きやがった。
「ええ。カディン=ヴィラ=ラインレイルは、ルヴァスの父親───つまり私の義父、だった人」
…………………をい。
ココまで来ると、ヤラセかと思ってしまうのは俺だけか?
「もう、籍は抜いたから、他人だけどね」
「何で籍抜いたんだよ?」
オーリッドの口調や表情から察するに、望んで抜いたわけでもなさそうだし。
そう思って問いかけると、オーリッドは笑った。
悲しみとも、諦めとも取れる微笑───初めて見る表情【かお】だ。
「約束だからよ」
言って、背を向けて俺たちの前を歩いてゆく。
その背が、どことなく頑【かたく】なに見えたのは、彼女とその夫の間に、誰にも踏み込めない何かがあったからなのか、それとも───
…何にしろ、希代の大魔女の真実など俺には、わからない。
* * * * *
「どうやら、成功したようだね」
にこにこ人の良い笑みを浮かべながら、カディン領主自ら俺たちを迎え入れた。カディン領主自ら、だ。
おそらくラヴィラがオーリッドの名を騙【かた】っていたこと等、全て耳に入っているのだろう。領主なのだからそれくらいの情報はすぐに入る。
俺も愛想良く微笑み返しながら、そつなく答える。
「はい。首謀者も捕まえましたし、証拠も突き出しました」
ちなみに証拠とは、例のオーリッドがいつの間にか持ち帰った魔鬼の死骸の一部である。
「ああ、良くやってくれた。何よりその者は、北方の魔女の名を詐称していたそうだな」
領主は俺たちに席を勧め、茶を運ぶように使用人に言いつける。貫禄【かんろく】たっぷりの領主様は、どしんと椅子に腰を落ち着けて続ける。
「この国では詐称罪は重い。然るべき処分がラヴィラフィッツ=アイリアに下されるだろう。
神女【しんじょ】を退きなさった方ではあるが、名の通った偉大な魔女であることには変わりないからな」
領主様は、満足した様子で腕組みをし、ふみふみと頷く。
もしかして、この領主様……オーリッドの無実を証明したかったんじゃなかろうか。
カディン領主の様子を見て、そう感じた俺は不意にティリスと目があった。どうやら向こうも同じ事を考えたらしい。
全く、双子の同調【シンパシィ】とやらに今さら驚いたりはしないが、不思議なモンだ。
「どうかなされたか?」
見つめ合った俺たちを不審に思ったか、きょとんとした顔でカディン領主が声を掛けてきた。
「い、いえいえ何も。
ところで、領主の知り合いだと言う方から、預かっているものがあるんですけど…」
言って、俺は細い鎖に通された、真新しい細い指輪を手渡した。
飾り気も何もない、ただ見事な白金【プラチナ】の輝きを見せる指輪だ。
「! ……これは、誰から預かった!?」
領主様の顔が驚きの色に染まり、俺に掴みかからんばかりの勢いで身を乗り出し、詰問してくる。その勢いに押されて思わず仰け反った俺に代わって、ティリスが口を挟んだ。
「いえ、名前までは…。渡してくれれば分かるから、と…」
その冷静な物言いが効いたのかどーか知らないが、すとん、と力無く浮きかけていた腰を再び椅子に収めた。
「……そうか」
ため息にも似た呟きを漏らしながら、カディン領主は指輪を掌で転がす。
その顔はどこか寂しそうで、どこか安堵している様だった。
* * * * *
「本当に、会わなくて良かったのか?」
ランスレイルの城下町を抜けて、街道を歩いていた俺たちは、ティリスの不意な問いに振り向いた。
オーリッドがなるべく早くこの町から離れたい、というので、ここから一番近い街へ移動することになったのだ。
おそらくちんたら歩いていても、日没までには着くだろう。
「いいのよ。ここへ来たのも、ラヴィラを懲らしめるためと指輪を渡すためだけだったんだもの」
すぐに前へ視線を戻したオーリッドは、興味を失ったように淡々とそう答えた。
……領主様は、すんげぇ会いたそーにしてたけどなぁ。
「ちゃんと私が消える、ってことは話したもの。ティリス君が気にする事じゃないわ」
「つってもなぁ、冷たいんじゃねーの、それ?」
「良いったら良いのよ。ラミア君も、気にしすぎ」
…そんなもんだろーか?
疑問に思うが、言ったところでこの女が考え直すわきゃねーし、取りあえず不問にしておく。
空の日は、西に傾きかけていて、淡い金色に染まっている。のどかな風景に、思わず伸びをして欠伸をかみ殺す。
一挙に色んな事があったせいか、妙にゆっくりした時間だった。
「ねぇ」
しばしの沈黙が支配したのち、不意にオーリッドが声を掛けてきた。
「…何」
「契約しない?」
えらい単刀直入な切り出し方だった。まぁ、らしいっちゃぁらしいけどよ。
……ってエェェ!?
「契約だぁ〜!? 何考えてんだお前!?」
「…何慌てふためいてるんだ、ラミア」
ちっとも事の重大さの分かってないティリスはさておき、俺は思いっきり顔をしかめた。
魔女というのは、もちろん女性の魔道師のことを指すが、オーリッドのように国政まで動かしちゃう魔女ともなれば、契約の持つ意味合いは変わってくる。
俺たちが仕事を引き受けて報酬を貰う、というのも一種の契約だが、そんなものと同レベルの話ではない。オーリッドくらいの魔女との契約と言えば、政治的な要素とは切っても切れない関係である。
それほどの能力を売る、と彼女は言ったのだ。しかし、契約は同等でなければ成立しない。俺たちにはオーリッドに返すモノがない。
今回の依頼で、多少報酬に色を付けて貰ったとは言え、北方の魔女なんぞ雇った日にゃぁ、赤貧街道まっしぐらである。金で返せないとなると、あとは身売りしかないっ!
…………………この言い方、激しく誤解を呼びそうだな。
とにかく、魔女との契約というのは、婚姻にも似た一大重要事件なのである。
「別に、お金はいらないわよ?」
くすくす笑いながら、オーリッド。
「私が勝手について行くんだもの。でも、それじゃあ迷惑でしょう?
だから、契約」
「てめ〜…本当に勝手だな〜…」
どっちにしろ、迷惑たりうる理由である。
「あらあら、じゃあそれなりの見返り求めましょうか? お金が無理なら結婚でも可」
流石、バツイチの言うことは違う。
俺は観点が違うと分かりつつも、そう考えずにはいられない。つまりはそれだけ混乱してるわけで、頭を抱えたりする。
「とんちんかんなこと言ってんじゃねぇよ…」
「とんちんかん、なんて言葉、若い人知らないんじゃないかな」
毒づく俺の隣で、更に意味不明な事をほざくティリスである。コイツ、今回の事件で一本線切れたか?
しかし、彼女は泰然【たいぜん】としたものだ。楽しそうに笑いながら続ける。
「そうね、期間は私が飽きるまで」
「あのなぁ〜!!」
食ってかかる俺に対し、赫【あか】色の眸の魔女は豊かに微笑んでみせた。婉然【えんぜん】とした、人を惹き付けて離さない笑み。
…うぅ、何かこの笑顔に弱いぞ…俺…
「そういうわけだから、私をあんまり退屈させないでね?」
と、少女のように小首を傾げる彼女。
俺は何とかしてくれ、とティリスを見たがこいつは仕方ないんじゃないかな、と苦笑しやがった。
「あーもう! 勝手にしやがれ!!」
半ば自棄【やけ】気味になって、俺は叫んだ。憎ったらしいくらい雲のない空に声が響く。
破天荒な魔女との破天荒な契約。
俺に残された人生は、波瀾万丈なものになるも同然だ。
───だがしかし、この事態を心の何処かで楽しんでるあたり、俺もかなりこの魔女に惚れ込んじまってるらしい。
………ってマジかよ?
FIN.