2.Witch " Reevenredis "
魔鬼【マキ】の襲撃から二日後。
俺たちはまだタウン=セシカに滞在中である。
魔鬼の骸【むくろ】───ほとんどが灰になっちまったんだが───を調べたところ、思いっきり人の手が加えられていた。
…………と、『生き別れた義理の兄の娘』であるオーリッドは言う。
おかしなことに、この言い訳が通用してしまったのである。
うーむ…世の中って、俺が思ってるより深くて不可思議なモンだと再認識するところだ。
ところで、いつの間に魔鬼の死骸の一部など持ってきたのだろう。世の中よりも、この女の方がよっぽど謎に満ちている。
「"再生の灰【リヴァイリア・アッシュ】"───使い魔生成に使う、魔力を含んだ灰、ね」
「へぇ〜っ」
オーリッドに台詞に思わず感心する俺。
こーゆー魔道具【まどうぐ】の類ってのは、驚くほど値が張る上、創師でも錬金術師でもない俺なんかは専門外なため見る機会も少ない。知識もさほど無い。
この辺の情報を仕込むのはこれからの課題かもしれない。
「それを、魔鬼に合成させたみたいね」
「んなこと、できんのかよ?」
町長の家の居間を借り切って、まるで来客の態度ではない俺たちに、メイドがにこやかに茶を振る舞ってくれる。
なんてしつけのいい使用人なんだろう。俺だったら間違いなくはり倒している。
「出来るわよ。それなりの施設とお金、技術があればね。
まぁ、魔鬼なんて合成させても面白くないから滅多にやらないと思うけど?」
…確かに。
元々そんなに強くも無ければ凶暴でもない。そんなモノをいじくったって、ティリスが言ったようにちょっと堅くなるくらいだ。
「その灰と、魔鬼を合成させるときに、魔力を使うのか?」
「そういうこと。再生の灰【リヴァイリア・アッシュ】に魔力で干渉かけて、自分の魔力と結合させる、って感じかな。
あれよ、水と油混ぜるのに石けん水使う、とかハンバーグの繋ぎに卵を使うっていうのと同じ原理」
……とても解りやすい説明をありがとう。
「兎に角、第三者が関わってるのは間違いない、と」
カップを手にして、俺が言うと、彼女は頷く。
「そう。あとはその第三者が誰か、ってことが解ればね…。
確か、噂では北方【リーベンレディス】の魔女、だったかしら」
彼女は特に興味なさそうにそう言って、ティーカップの模様を指でなぞる。
「…それ、俺は納得してねーけどな…」
椅子の肘掛けに頬杖付いて言うと、オーリッドが笑って、あら、どうして?なんぞと返してくる。
「彼女ならば、条件もそろうんじゃない?
金も権力もあって、施設も作れる。もちろん魔力も技術も。ついでに言うなら動機もあるわ」
確かに、そーなのだ。
一国を動かす程の権力、それには金もつきまとう。噂でも聞くように、魔力は絶大。しかも同じ魔女でも至尊【しそん】の位である『神女【しんじょ】』の地位を捨てている───捨てさせられた、なら動機もある。
全ては彼女を指しているように思えるが、腑に落ちないのである。明確な理由はないが、そう感じる。
「何にしろ場所の特定が必要ね。そうすれば自ずと犯人が分かるはずよ」
考え込んでしまった俺を見かねたか、彼女がさらりと話題を変えた。
「…なー、あんた何者だよ? 死神とか言って、もしかしてバリ長生き?何歳?」
とーぜんの疑問である。何度か聞いたがのらりくらりとかわされてきた問いだ。
「…義理の兄の娘」
「んなこと訊いてねーよ!」
そりゃあんたの今の役割だ!
「…うるさいわね。しつこい男はモテないわよ」
「お前が怪しすぎるから何度も聞いてるんだろーがッ」
へーぜんと茶を啜【すす】っている、オーリッドと書いて動く謎の態度に、思わず声が大きくなる。そんな俺をじーっと睨【にら】んでくる。その意味は『黙りなさいよ、この馬鹿』と言ったところか。
………………どいつもこいつも、俺の周りのヤツラは可愛げがない。
「昨日も、一昨日も言ったでしょう? まだ言えない、って。
………でも、まぁ、『死神』ってのは取り消すわ。象徴的なモノだから」
「ハ? 何ソレ!?」
取り消す…取り消す!? じゃああんだけ真剣に考えた俺って何だよ!?
「………そんなことより、よ!」
身を乗り出す俺に対して、オーリッドは指を突きつける。
「私みたいな妙齢【みょうれい】の美少女捕まえて、歳を訊く? 失礼にも程があるわ」
「自分で美少女ってゆーな!」
…否定は出来ないが。
更に続けて彼女は言う。
「十七よ!」
俺は椅子からずり落ちたりする。
「言ってること滅茶苦茶だぞ!?」
「オーバーリアクションね」
………あーもー論点ズレてるし………
「とにかく、よ。こういうモノには術者のクセが出るわ。
…その辺を利用出来ないかしら」
唸【うな】るオーリッドをよそ目に、テーブルの上に置かれた再生の灰【リヴァイリア・アッシュ】を観察したり、触ってみたりする。
……って、再生……?
「なぁ、オーリッド、こーゆーこと出来ねーか?」
言って、俺の提案をオーリッドに告げた。
* * * * *
また更に過ごすこと三日。
タウン=セシカの小さな魔道具工房の前に、俺とティリスは来ていた。
ちなみに魔道具工房だが……………
かなりそのままなので、説明は省かせてもらう。
「ここに何かあるのか?」
とティリスの問い。
俺の提案は、かいつまんで話してやったはずなのだが。
…しばらく考え、
「すごいこと。」
「…………お前その説明はしょりすぎ」
げんなりと返してきたティリスに、俺はうさんくさげな視線をやる。
「てかティリス、お前昨日の説明聞いてたのかよ?」
「全然」
無表情で即攻切り返してくるティリス。
…真面目なボケをかます奴だ。 …それとも本気か? 天然か?
更に、兄は超然とした雰囲気を崩すことなく言い放った。
「寝る前に話す馬鹿がいるか」
そう。この野郎は救いようがないくらい、夜には弱かったりする。見た目じゃ判断できないのが悩みどころだ。
「ちょっとそこの双子漫才コンビ? 遅いわよ」
工房のドアから、オーリッドが顔を出し、言う。
「誰が漫才コンビだッ!!」
「売れないと思う」
「そーゆー問題じゃねーっての!!」
俺は全力でティリスにつっこんだ。
その様子を眺めているオーリッドが、気の毒そうに首を振る。
「苦労するわね、ティリス君」
「面倒な弟だからな」
「苦労してるのは俺の方だぁ───ッ!!」
ああ…近くにまともな奴がいて欲しい…切実に。
『まぁ、まぁ。ブレイクブレイク』
…さり気なくコンビ組んでるのはお前らか?
「そうそう、ラミア君からかってる場合じゃなかった。出来たよ。
ちょっとデッサン狂ったけど」
言って、オーリッドは工房のドアから出、それに続いて白い何かが彼女の足元を通り過ぎた。
「…犬?」
四本足の白い獣は、どーみても犬だ。しかも中型犬。嬉しそーに尻尾を振って、オーリッドの周りをうろついている。
さながらご主人に可愛がって貰おうとしている飼い犬そのものである。
「…狼のつもりだったんだけど、手元が狂っちゃって…」
「こんなのになってしまった、と」
「そう」
…いや、『てへ♪』と誤魔化し笑いされても…
「いいじゃないの。この子、ちゃんと術者の所まで連れて行ってくれるわよ」
そう。俺の思いついた提案ってのがコレである。
つまり、魔鬼と合成させた再生の灰【リヴァイリア・アッシュ】を利用して、使い魔を生成し、それを術者のもとに返せないか───
と、そう思ったのである。
魔力、と一括りにしているが、微妙な個人差があって、同じものがない。指紋や網膜のように細微な違いであるが、明確な違いがあるのだ。
再生の灰【リヴァイリア・アッシュ】に、術者の魔力の残滓【ざんし】があれば、それを利用できるかもしれない、と考えたのだ。
そうして何故だか、生成方法を知っていたオーリッドが請け負い、この工房を町長権限で貸し切り、現在に至る。
…………まぢで、何者だ、オーリッド=キーティッシュ…………?
「それじゃ、出発〜♪」
呆然と犬を眺める俺たちをよそに、オーリッドは楽しそうにそう言って、白い犬の頭を軽く撫でる。
かくして、白い犬の後を追うことになったのである。
…………どーでもいーが、性格変わってませんか? オーリッドさん?
* * * * *
その白犬は、あっさりとタウン=セシカを抜け、街道沿いに北西の方向に向かっている。
…北西って言やぁ、領主さんのいるランスレイルの城下町の方角だなぁ。
「……どこに行くんだろうな」
と、ティリスの呟き。オーリッドがさぁ、と首を傾げる。
のんびりと先を歩く犬を見やり、
「あの子次第ね」
無責任な台詞だが、確かにそうだ。
しかし……ただ犬の後を付いていく三人の図っていうのも、何だか間抜けだ。
「それにしても…
一体何なのかしら。魔鬼に街を襲わせて」
全く持って同感である。
誰が何のためにこんなコトをやらかしたんだか……。
「ま、当人に聞くのが一番早いだろうな」
「……そうね」
俺の台詞に、オーリッドは諦めたように肩をすくめた。
───と、その時。
まっすぐ街道を突き進んでいた犬が、不意に横道に逸【そ】れた。
それと共にぐるるる…といった、低い呻き声がして、ばっとその方向へ視線を移した。犬は呑気【のんき】にもぱたぱたと尻尾を振りましており、その前には魔鬼御一行様、約十数匹ご案内。
ご丁寧にもお出迎えか!?
「ディールのお仲間かしら」
あくまでのんびりというオーリッド。
「ディールって誰だ?」
俺が問うより先に、ティリスがそう言った。俺はオーリッドに視線を移し、目で答えを促す。
「あの子の名前よ。 それよりこの包囲網をどうやって突破するつもり?」
「はっ?」
包囲網?
言われて周りを見渡せば、後の茂みからも出るわ出るわ魔鬼の群れ。あっという間に取り囲まれている。
「……あれまぁ……いつの間に……」
「ぼーっとしてるからだろ!」
ティリスが俺に向かって言い放つなり、抜き身の長剣片手に魔鬼の一匹に躍りかかる!
「ぼーっとしてるつもりはねぇぞ」
「じゃあとっとと蹴散らしなさい」
「言われんでもするわ!!」
こんな状態でも冷静沈着、余裕綽々【しゃくしゃく】のオーリッドにツッこんでから、俺は印を切り始めた。
ざん! と鈍い音が響いて、魔鬼が倒れた。ティリスが仕留めたのだろう。そうして剣を一振りして血糊を払い、次の標的と斬り結び始める。
俺の魔技【マギ】の《陣》が完成し、背後を振り向き、
「フェオ・ラーグ・ユル! 天【そら】を支えし原始の巨人の落とす裁き!」
ばちばちばちッ!!
すさまじい轟音【ごうおん】が鳴り響き、魔鬼の一匹───熊のような外見だ───に命中、霧散する!
ををっ? 以前の奴は防いだぞ??
失敗作か、それとも普通の魔鬼なのか?
「うるさいわね、それ」
いちいちつっこむな、オーリッド。
確かに五月蝿【うるさ】いのだが。……今度から至近距離で放つのは止めよう。
「ってそれ何だよ!?」
その俺の指した指先には、初めて見る怪しげな物体がある。
オーリッドの携えた、妙な形状の杖。材質は、金属…だろうか。端から端まで何かの文字がのたくっている。
「何って、杖だけど」
「それはわかる! どこから出した!?」
問いつめる俺に、オーリッドはふふん、と笑い、
「秘密♪」
とか抜かしやがる。
「それより早く呪文唱えなさいよ!」
と俺をせかしつつ、今にもオーリッドを襲おうとした魔鬼に謎の杖で一撃を食らわす!
それだけで魔鬼が倒れ、痙攣【けいれん】を起こした後動かなくなった。
……………ホントーに、何者だ? オーリッド=キーティッシュ…………
* * * * *
ランスレイル領、タウン=セシカから街道沿いの旅は、魔鬼襲撃時刻よりさらに数十分で終着点にたどり着いた。
なかなか大きな森があり、その中に立派な古城がある。
茶けた明灰色の石造りの城壁に蔦【つた】が這い、前時代的な装飾が施されている。蔦さえ無ければ、荘厳【そうごん】な眺めだろう。
それはいーのだが───
『……………古典的……………』
三人の声が見事にハモった。
「薄暗い森の中の怪しげな城…ポピュラーっつーか期待を裏切らねー奴だな…」
いっそそいつを天然記念物に指定してやりたいぐらいである。
「まぁ…いいじゃない。わかりやすくて。
さ、どんどんさくさく行くわよ」
例の、怪しげな杖を手にしたオーリッドは、何故か白いローブのフードを目深く被ったままの姿である。敵の総本部に乗り込もうというのにまるで近所の家を訪ねるような気安さで、観音【かんのん】開きのドアを開け放つ。
鍵がかかってるかと思いきや、あっさりと扉は開いた。
そのあっけなさに、俺は思わず眉をひそめる。怪しさ大爆発、ってやつだ。
「……何もないな」
早速足を踏み入れ、辺りを見まわすがティリスの言うように、何もない。なさすぎるくらいだ。
しかし、壁際の燭台【しょくだい】にも、天井に吊ってあるシャンデリアにも暖かいオレンジ色の灯りが入っている。少なくとも無人でないことは確かだ。
だたっぴろい空間の向こうには扉があり、その上に視線を移せば、バルコニーのように下を見下ろせる様になっている。そのバルコニーの両側から曲線を描いた階段が、広間にまで伸びている。
「…それにしたって、すげぇ屋敷。貴族か何かの別荘みてぇ」
家具は一切ないが、絨毯【じゅうたん】や柱には金かかってそーだし。しかも結構趣味は良い方だろう。
はてさて、ここに住んでる人物はどんな奴やら…。
行為とこの家の雰囲気の、差異も気になる。
「そうね。昔、ここに創師が一人住んでたらしいけど」
「ふぅーん。まるで知り合いがいたみてーな気がするけど?」
横目でオーリッドを見ると、彼女はあっさりと頷く。
「まぁ、そんなものよ」
いい加減な答え方ではあるが、素直に答えた方だろう。…多分。
と、その時。
「あら…お客様のようですわね…」
『!』
ゆっくりとした、だがはっきりと良く通る声が耳を打った。上流階級の貴婦人とやらがする喋り方に似ている。絡みつくような甘い声。
声のした方向を見るとバルコニーに、女が立っていた。ちょうど広間の真ん中にいる俺たちを見下ろすような形になる。
ってか! 気配無かったんですケド!?
驚く俺たちをよそに、女は続ける。
「…礼儀はなってないようだけれど、珍しいこと。何の用かしら?
北方の魔女たる、わたしに」
その台詞に、俺は目が点になった。
「りーべんれでぃすの魔女ぉぉぉ〜〜〜!? うっそ、まぢかよ───ッ!! 全然イメージと違うぅぅぅぅ─────ッッ!!」
高く結い上げた亜麻色の髪に、さらに金銀の髪飾りが光を弾いて揺れている。女が纏【まと】っているのも赤いドレスで、華やかな雰囲気を持っている。
華やかは、華やかなのだが悪趣味な感じだ。見た目だって二十代半ばに見えるけど、あれは厚化粧に違いないッ!
俺の夢をぶち壊すような光景に、思わず頭を抱えたとしても、一体誰が俺を責められるだろうか、いや責められまい!(反語)
「アレが北方の魔女なら、まだコレのほうがマシだぁぁぁ───ッ!」
ちなみに『アレ』は自称北方の魔女、『コレ』はオーリッドである。念のため。
『……失礼ねぇ……』
詳しく言わなかったハズだが、何となく察したらしい女二人はユニゾンでハモった。
ちぃっ、妙なところで勘の鋭いッ
「…それは、ともかく、ですわ。一体あなた方は何が目的ですの? まさか喧嘩を売りに来たわけではないでしょう?」
北方の魔女(自称。あくまで自称)は、気を持ち直したか、つんと澄ました表情と傲慢【ごうまん】な口調でそう言った。
…ちょっとだけ声が引きつってたが。
「…そのまさか、だったらどうする?」
オーリッドが、声を低めて、そう言い放つ。すると、女の眉が神経質そうにぴくんと跳ねた。
「ルヴァス=イーグリィ。…これが、何であるかを良く知ってるはずよね?」
…へ?
謎の単語の出現に、俺とティリスは顔を見合わせた。眉をひそめ、オーリッドに向かって問いかけようとしたが、それよりも先に彼女の手が俺の口を塞【ふさ】いだ。
一体何だよ!?
「…貴女は…」
「それ以上、言わない方がいいんじゃないかしら? ヒステリーでも起こそうものなら、せっかくのお化粧が台無しになってしまうものねぇ〜」
をいをい!? 挑発してどうするよ!?
案の定、女はぴくりっと反応した。よくよく見れば青筋浮いてるし! しかもピシッって音が聞こえた気がする!
「うるさいわよ! お黙りなさい!!」
「…やれやれ、せっかく逃げ道を残してあげてるのに、人の親切がわからない人ね」
そう言って、やっとこさ俺の口元から手が離れた。
「何かわかんねーけど取りあえず! 魔鬼を襲わせたのはあんただなっ!?」
ノリと勢いで、俺はビシッと指さし堂々と言い放った。
「さて、どうかしら、ねっ!!」
指された自称・北方の魔女は片手を腰に手を当て、空いた片手で指を鳴らす!
うあ! 悪役ッ!!
ばたぁぁぁん!
俺が心の中でツッこむと同時に、入り口やらなんやら扉という扉から姿を現す魔鬼の群れ!
最後まで期待を裏切らないのは三流悪役の必須条件である!
「ディール!」
オーリッドが足元の白い犬の頭を撫でてやってから、名前を呼ぶ。
するとディールは助走をつけ、すたんと跳躍して女に飛びかかる! 恐るべき跳躍力である…って何か一回りくらいデカくなってるよーな…
っと、こんなこと気にしてる場合じゃねぇ!
「ソーン・イス・ユル! 銀盤の歪みに映りし無数の氷腕【ひょうわん】ッ!」
《陣》なしでも倒せることが既に確認済みの魔技を放つ!
現れた氷柱に貫かれ、あるいは凍結する。
この氷柱で俺たちが入ってきた出入り口は塞いだし、こっちは取りあえず完了!
「ほほほほほほ!! ばれてしまっては仕方ないわねぇ。
さぁ、やっておしまいっ!」
北方の魔女(くどいようだが自称)が哄笑と共に言い、襲いかかったディールを吹っ飛ばす!
おそらくは、魔力壁だろう。
どーでもいーが開き直って悪役丸出しじゃねーか、あの女! 実は俺たちに気付いてただろー!?
「ラミア君」
「何!?」
次々と、どこからともなくあふれ出てくる魔鬼に取り囲まれ───ティリスだけはあっさりとくぐり抜けて、ばったばったと斬り倒していっている。───、自然背中合わせになったオーリッドがやっぱり焦ってない声音で呼びかけてきた。
その冷静さは一体どこから出てくるのだろうか。
「あの階段までの突破口、開いて欲しいんだけど」
言って、その細っこい指で指し示す。そこではティリスが善戦している様子も伺える。
「…………まさかとは思うが……アレとサシでやる………ってか?」
ちなみに『アレ』とは、上でディールをあしらいつつ高見の見物をしている女のコトである。
「そんな所ね。私、ラミア君みたいに広範囲の術を知らないの。
だから、魔鬼の方をよろしく」
「…大丈夫かよ、それで?」
俺は頭をかきながら、目を細めてそう言った。すると、彼女は愛らしく首を傾げる。口元に面白がっているような笑み。
「あら、心配してくれるの?」
…………………心配っつーか……………不安だ……………
「とにかく、頼んだわよ」
「はいはい」
俺はひらひらと手を振り、おざなりに答えると呪を紡ぎ始めた。
その間に襲いかかってくる魔鬼は、オーリッドが片っ端から倒してゆく。 ……強ぇぞ、オーリッド=キーティッシュ……
そうして俺の《陣》が完成し、右手で宙を水平に切る。
「フェオ・ラーグ・ペオース! 天を指し、竜を護【ご】する十二の神将!」
ずどぉぉぉぉぉん!!
重低音が響き、紫色の雷が取り囲んでいた魔鬼を灰へと帰す!
オーリッドがその間を駆け抜け階段へ向かう。
続いて俺も魔技をもう一発!
「フェオ・ラーグ・ウィン! 黒き翼持つ、神鬼の娘の鳴らす弔【とむら】いの鐘!」
風圧が、ティリスの目の前の魔鬼を薙ぎ散らし、階段前にぽっかりと空間が空く。そこをオーリッドがすり抜け、女に向かう。
「ラミア! 危ないだろう!!」
ティリスの不満が聞こえてきたので、俺は取りあえず笑って誤魔化しておいた。
当たらなかっただけ運が良かったと思ってあきらめて貰うしかない。
「わたしに手を出すなんて…命知らずの娘だわねぇ!」
という、北方の魔女の声が聞こえた。
どうやらオーリッドが相手にしてるらしいが…ホントーに大丈夫か? 相手は希代の大魔女だぞ?
俺はとりあえず開きっぱなしの扉という扉を魔技の氷で塞ぎ、ティリスの方───つまり階段前だ───へ向かおうと一歩踏み出した。
その瞬間───
「伽藍【がらん】の如くに天にあり、至高であるべき聖約。それを犯すは神々との盟約を破るが如し。
レヴィラス、チャリス、アスリンセリシャス、これら三者の指示す、異端者の力のまやかしを打ち消せ…」
オーリッドの声が、朗々と響き渡る。
歌うように流れる言葉。魂そのものに働きかけるような力。
彼女の声に従う様に、残っていた魔鬼が次々と跪【ひざまず】き───跪くように崩れて灰と化してゆく。
『なっ!?』
俺とティリスと、魔女の驚愕の声。あまりといえばあまりな光景に、ただただ驚くしかない。
………って、この術……ッ!?
「約櫃刻書【やくひつこくしょ】、だとぉ!?」
百何代と続いた大帝国の、最後の王が自身の柩【ひつぎ】や玄室に刻ませたとされる、輪廻転生し、現世に再び蘇【よみがえ】ることを願った祈祷【きとう】文───それを、約櫃刻書、ひいてはそれを元に成立した魔道の一種を指す。
これが生まれたことにより、魔道というジャンルの急成長を遂げる契機となる。───のは良かったのだが、この約櫃刻書自体が威力は高いがエネルギー効率がすこぶる悪い、つまり馬鹿みたいに魔力を消費するために、ばたばたと死亡者が続出、あえなく研究は中止、衰退の一方を辿ったのである。
んなもんで、使える奴なんざほぼいないと言っても嘘ではないと思っていたのだが…灯台もと暗しとは良く言ったモンだ。
俺たちを驚愕の底に突き落とした張本人は、静かに、そして面白がるような調子で、
「ちょっと大げさな術を使っちゃったけど…これくらいしないと分からないでしょう?
ねぇ、ラヴィラちゃん?」
今のが『ちょっと』か!! てか知り合いとかってそんなオチかよ!?
女───ラヴィラとか言うらしい───は、オーリッドを前にして、身動きが取れないようだった。だが口だけは達者らしい。キッ、と両目をつり上げて、
「『ちゃん』付けはやめなさい!!」
と金切り声を上げ、びしっとオーリッドを指すラヴィラちゃん。
………て、俺が『ちゃん』付けしても良いものか………
「いやぁね、ちょっとからかっただけよ。あんまり五月蝿【うるさ】く言わないでね、ラヴィラフィッツ=アイリア?」
相変わらず楽しそうな口調に、くすくすという笑い声。そこで初めて目深に被っていたフードを取り払った。
女───ラヴィラ……何だっけ? がまともに顔色を変える。先程までの威勢はどこへやら、余裕の微笑みは、青ざめた引きつった顔になった。
「……オーリッド…………キーティッシュ…!?」
掠れた声。息を飲んだのがはっきりと分かった。
俺とティリスが階段を駆け上がった時オーリッドは、へなへなとその場に座り込み、彼女を見上げるラヴィラ何とかに向かって杖の先を突きつけていた。
その周りでディール───犬だったのが、一回りデカくなって狼に似ている───が盛んに尻尾を振り、うろうろしている。
なんつーか、緊張感に欠けるなぁ〜…。
「何の…何でここにいるのよ!?」
ラヴィラ何とかの高い声が耳をつく。
をひ、めっちゃ怖がられてるぞ、オーリッド。一体お前わ何をしたんだ、何を。
三人と一匹が見守る中、彼女はにっこり微笑むと、常と同じく軽い口調で、
「ルヴァスの敵討ちに」