鬼 桜







 くすくすと笑う声。
 楽しそうに弾む声。
 薄紅の花弁がひらりと舞う、満開の桜の下で、両手を伸ばす。

「鬼さん、こちら 手の鳴る方へ───」

 音を頼りに人を探す。君を捜す。
 閉ざされた視界は、闇しか映さない。
 手の叩く、軽い音だけが、耳元で囁くように鳴る。

 春を告げる柔らかで、優しい風。
 でも、闇しか見えない両目では、誰もいないように感じて───

「鬼さん、こちら……違うよ。そっちじゃない」

 くすくすと楽しそうに笑う声。
 弾む声と、君の笑顔はすぐに脳裏に浮かぶ。
 薄紅の花弁を髪に絡ませたまま払うことなく、君がわたしを見てる様子はすぐに思いつく。
 出会った時も、こんな桜の咲いてる日で。
 綺麗だと思った。桜の木の精だとさえ思った。
 急に不安になった。
 君が見えないことが。掴めないことが。
 早く捕まえて、君にこの目隠しを取ってもらいたかった。

「そっちは桜の木の方だよ? 桜のほうが好きなの?」

 笑いの気配は消えない。
 桜の花弁が、わたしの頬に触れた。
 君の声が耳元で聞こえた気がした。

「ねぇ…。どこにいるの…?」

 どこにいるのかわからないよ。
 早く傍に来てよ。
 不安だよ。寂しいよ。
 君がいない気がして───

「鬼さん……、! 大丈夫? ごめんね?」

 気付いたら、泣いていた。
 今になって思うと、怖かったのかもしれない。
 あまりにも、桜の中に君が溶け込んでいたから。
 人間じゃないように、風景みたいに、そこに佇んでいるような雰囲気があったから。
 すぐに目の前から消えてしまうように感じて。

「ごめんね? 泣かないで。泣かすつもりじゃなかったんだ。本当だよ?」

 慌てて言う声。
 今までの笑いの気配は消えて、真摯な色の混ざる声。
 声が耳元で聞こえた。
 手が触れた。
 目隠しが取れて、光が入る。

 ───もう、大丈夫。怖くないよ───

 ゆっくりと眼を開く。
 降る、花弁。
 茶色の幹。
 満開の桜。
 君は、いない。

 ひらり、ひらり。
 舞う淡紅色の花弁。
 あの時の君は、遠い日の幻だったと気付いたのは、それから数日後だ。
 わたしの祖父の話によると、近くに立つ桜の木は昔から『鬼桜』と呼ばれていたらしい。桜の木の下で、鬼に喰われて成仏出来なかった少年の霊が、子供を鬼遊びに誘うのだと、そういう話を聞いた。
 祖父が、わたしが少年と遊んだのだと告げた時に、この話を聞かせてくれたのだ。
 今年もまた、この桜の木の根元で花弁を眺めながら、あの時のことを思い出す。
 この場所にいると、あの少年がひょっこりと出てくるような、そんな錯覚を覚える。
 そう言えば、祖父も、わたしも、結局少年を捕まえることは出来なかった。『鬼』は、少年を捕まえることが出来なかったのだ。
 捕まえる前に、少年は消えてしまった。
 話では、鬼に喰われてしまったそうだが、実際は、どうだったのだろう。
 本当に喰われていたとしたら……あんなにも優しい笑顔を、浮かべられなかったのではないだろうか。

 ───鬼さん、こちら 手の鳴る方へ───
 くすくすと、楽しそうに笑う声。

 もう聞くこともない声を思い出し、笑った。

「ねぇ、お母さん」
 呼びかけられて、わたしはしゃがみ込んだ。今年五歳になる娘が駆けて来て、わたしの服の裾を掴む。
「どうしたの?」
「さっきね、男の子と遊んだの。だけどね、いなくなっちゃった」
 寂しそうに、言う。
 覚えのある声の響き。遠い日の記憶。
 わたしはいっそう笑みを深めて、娘に向かって話し始めた。
「そう。あのね、その子はね……───」

 ひらり、ひらり。
 満開の桜。
 優しい風。
 娘の小さな手を引き、わたしは桜の木に背を向け歩き始めた。




───もう、大丈夫。怖くないよ───

 ゆっくりと眼を開く。
 降る、花弁。
 茶色の幹。
 満開の桜。
 君は、まだ、ずぐそこにいるよね…?

<了>


【鬼桜】2002.3.5/改訂 2004.9.25

ぅあ・・・いきなり終了すること無いじゃん・・・・GoLiveさんよぉ・・・(泣)
とか凹みつつあとがき。

読み方は『キザクラ』じゃないです。念のため(笑)。そのままストレートに(?)『オニサクラ』と読んで下さると嬉しいです。
 サークルKFSでの第三回作品展にて掲載されていた作品です。
 テーマは『春』と聞いて、脳みその足りない玉蟲さんは『春と言えば桜』としか思いきませんでした。(爆)
 ホントは絵を二枚だけ提出して、短編など書く予定など無かったんですが、締め切りを過ぎた2月の末日の夜(マテ)、ふっと浮かんだ『鬼桜』という単語に心惹かれ、翌日に下書きナシ、プロットナシ、いきなりシンプルテキストを何も言わずに開いて直打ちし始めました。俗に言う、『オレ様の両手に神様が宿ったぜ★』状態です。下書きの場合なら、シャーペンに神様が宿るんですが、まぁそれはどうでもよく。(ぁぇ
 とにかく神様が宿ると仕事が速いのです。執筆時間は三時間。
 長編一作書くのに一年費やすのに比べれば、何と早いことでしょう。(比べンナ)実はショートショートの域では?っていう意見は黙殺。(ぉぃ
 初めは少年少女が鬼遊びをしつつ桜と戯れるという箇所しか書く予定が無かったんですが、せっかく浮かんだ神様の啓示(ェ)、意味を持たせたいなと思い、考えた結果、↑の様な事に。主人公の『わたし』さんが、娘まで産んじゃうとは作者もビックリ★(マテ
 滅多に使わないネタ故に、書いてる方はなかなか新鮮でした。久々に文章を書いた、という事実が相乗効果をもたらしているかもですが。
 作品リストにある『白昼夢』に並んで、珍しい話ベスト3入りです。あと一つは何よ?とかいう質問にはノーコメント、そんなん考えてネェでしょ?口から出任せでしょ?とかいう深読みなツッコミはさらりと遠慮です。(何