年 王 国 の 眠 り 姫
        S
leeping Princess in Millennium Monarchy


























「ったくも〜〜金になるって言ったって、こんな非常識な仕事って、アリ?」
 セルズはそうぼやきながら、目の前にどーんと佇む塔を見上げた。

 何でも、この塔には数百年と眠り続ける姫がいて、その姫は何やら曰くありげな呪いを受けて眠りについたという。この姫君の生国である現ベルゼブルク皇国は、この姫君が生まれた年に大雪が降り、大飢饉に見舞われた。そして姫君が十六の成人を迎える日に、またしても大雪が降った。この凶事の発生で宮廷魔導師【ヴェネフィット】達により、『魔王の寵子』という烙印を押されて塔に籠められたと言う。

 この北の大国では神や悪魔の存在がまだまだ人々の間で息づいている。ベルゼブルク皇国の建国史の始まりは神代で、『神の息子』が大地の中心に刺さっていた一本の剣を手にし、『魔王』を封じた、という英雄譚から始まる。

 その剣は天と地を結ぶ柱であり、それを抜いてしまったが為に、元々神も魔王も無く一つだった世界が大地と空に分かたれ、空には神、大地には魔王という図式が出来上がったのである。

 父神は、剣を抜くよう息子に告げ、そしてこの地を治めるよう命じた。一方、大地の奥底に閉じこめられた魔王は死して滅びた六百六十六の『神の御使い』を、生き返して軍と成し、『神の息子』に戦を仕掛けたという。

 その戦は何十年と続いた後、魔王を封じて、現在のベルゼブルク皇国の前身である、ベルジュブール王国が誕生する。しかし、封じられる直前に、魔王は「我が地の淵に堕ちようとも、汝が愛し子の血には我が血も流るることを忘れるな」と言い残している。

 それが事実かどうかは色々な学者で問題にされたが、事実ではなく後世の人間が皇国史を記す際に、その始まりを神話と絡めて創り上げた、というのが一般の通説である。

 しかし、そのような作り話の神話を事実として信じている北の皇国の人間には通じない。

 気候条件がおかしくて、大雪が降って大飢饉が起こった年は偶然、姫が生まれた年だったという事実、それに昔から語られていた作り話が加わって、真実味を帯び、『魔王の寵子』とされてしまったこの姫君は、セルズ達のような他国者から見れば悲劇のヒロインだが、ベルゼブルク皇国の人間から見ると諸悪の権現のようである。

 数百年前、この塔に幽閉された姫君は謎の呪いを受けて眠りにつき、その年にベルジュブール王国は滅びたともいう。またしてもそんなこじつけとも思える偶然に結びつけられたせいで、今でも全ての凶事がこの姫君のせいだと信じられている。
 何とも気の毒な姫様である。

「非常識、っちゃぁ非常識だなぁ。いわば、墓荒らしみたいなもんだからな」
 セルズのぼやきに答えたのはルイセレーゼ・ヴェルヴェンティ──セルズは初めて本名を聞いた時、長ったらしいのでルイス、と呼ぼうとしたのだが、当人の希望でルースと呼んでいる。ルースが何故この呼び方に執着するかは知らない。年の頃は二十四、五という所だ。

 元々南のアクリノーシャ共和国の出身で、偶々中央のローゼムクルス公国の仕事を一緒にしたことをきっかけに、かれこれ二年程組んでいる。傭兵稼業を生業としているだけあって、使い込まれた腰の剣と皮の鎧という出で立ちがしっくり馴染んでいる。

 長身だががっしりと雰囲気はなく、しなやかな筋肉と敏捷性が売りと一目で分かる。南方に多い黒髪と、小麦色に灼けた肌、珍しい金色の瞳に粗野だが端正な顔立ちで、この北の国では妙に浮いて見えた。

 ルースは小さく肩をすくめて、セルズの方に視線を向けた。
「姫さんが眠ってる場所に男二人が不法侵入なんて褒められたもんじゃねぇが、ま、仕方ない。勅命だしな」
「……ったく、どーかしてるよ、この国。なぁーんでまた、ご先祖様にあたる姫さんの塔をオレ達が暴かなきゃなんないわけ?」
 セルズは腕を組んで、更にぼやくと、ルースは彼の頭を小突いた。
 ルースと頭一つ分以上身長差があるのは、何もこの少年の背が低いのではなく、ルースが平均以上に高いのである。

 ルースがいかにも南方の出身だとすれば、セルズ──アリアンセルズ・アウイスは中央部の人間だった。旅のうちで日に灼けたが深い象牙色の肌、赤みがかった蜂蜜色の髪は伸ばしっぱなしで、軽くうなじで纏めており、瞳は透明な紫色。ローブにブーツ、長い杖、と来れば魔導師【マギエル】には違いないのだが、それにしても軽装だった。

 普通魔導師【マギエル】と言えば引きずるほどのローブに動きやすさなど考慮に入れてない意匠のものが多いのだが、そういうものを一切廃したシンプルな出で立ちだ。

 幾つかの銀環と指輪といった装飾品が辛うじて魔導師【マギエル】らしさを醸しだしている。年の頃は十六、七。女に見えるわけではないのだが、何処か女性的な線を描く輪郭は、年若いせいかもしれなかった。

「んなの決まってんだろ」
「勅命だから?」
「そう。傭兵ってのは上の言うことも聞くもんなの」
「とかいって、あっさり上司裏切ったことのあるルースが言ったって説得力ないね」
「俺が裏切ったのは直接の上司であって頭じゃねぇもん」
 しれっとルースがそう吐いて、塔の扉に頑丈に掛けられた錠前に、古くさい鍵を差し込んだ。

 数百年と開かれたことの無かった塔に、光が差し込んだ。







 セルズ達がこの仕事を引き受けたのは、中央のローゼムクルス公国での事だ。
 偶々セルズが在籍するアビキュイオスの契約更新の時期が来たので、近くの支部に顔を出したのが始まりだった。

 ちなみに、アビキュイオスというのは魔導師【マギエル】や魔女【ノルン】が、『定詠の書』という魔導師の"聖典"に定められた教練を修め、一定能力に達した後一番最初に登録する組合【ギルド】のようなものである。

 新米の内は此処から就職先や仕事の斡旋を貰い、徐々に研究職へ進む者、セルズの様に実地職へと進む者、と進路を定めていく。そのバックアップと人材派遣を主な業種としている。一年に一度審査と能力試験を実施され、落第したものは除籍されてしまう。

 もちろん、籍を置いていない魔導師【マギエル】も多くいるが、『アビキュイオス在籍』の肩書きが付くだけでそれなりの信頼が得られるので、セルズのような若い魔導師【マギエル】にとっては仕事も取りやすく都合が良い。

 更新の為に一旦街中でルースと別れ、サクッと審査と能力検査を受けると、後は結果が来るまでのんびり過ごすだけである。その間の宿泊施設はアビキュイオス内にもあるし、在籍者であるか否を問わず格安で泊まれる。

 それだけにあまり待遇は良くないが、最も物価の高い国として名高いローゼムクルス公国内では重宝する場所だ。

 とりあえずルースを探しにふらりと街を散策する。大体この街を拠点にしていたルースには馴染みの店が幾つかある。逆を言えば、その馴染みの店を回りさえすればどこかで必ず捕まる。
 どうせ酒場だろうと思っていたら、珍しく情報屋で鉢合わせした。

「よぉ、アリス。更新終了?」
「アリスじゃなくてセルズって呼べ」
 片手を上げ、聞いてくるルースを睨み付け、セルズはぴしゃりと言い放った。

「いーじゃん。アリアンセルズなんて長すぎだからアリスで」
「女みたいだろ!」
 セルズは憤然と言い放って、ルースの手元にあった依頼書を覗き込む。
「いーじゃんよ。誰もお前を見て女だとは思わねぇよ。
 確かに、男にしちゃぁ細っこいけど魔導師なんてそんなもんじゃねぇの?」
 その言い種に、ちょっとかちんと来たセルズは無言で男の脛を蹴り飛ばしてやる。

 痛ってぇなぁ! と文句を付けてきたが、少年はふいっと明後日の方を向いて無視する。すると、ルースはクソガキと毒づいてセルズの頭を叩いた。

「力加減考えろ馬鹿力っ」
「そりゃーすみませんでしたねぇ〜悔しかったら鍛えな」
「言われんでも鍛えてやるっっ!」
 セルズは力一杯断言すると、次は依頼書の方が気になってきた。

「何それ」
「んーちょっと面白そうな依頼でね。俺あてなんだよな」
 長年傭兵稼業で食べてきたルースにはそれなりの実績と名がある。そういうことも珍しくはなかった。

「面白そう?」
 こくんと首を傾げてセルズが問う。依頼書には前人未踏の遺跡の探索、とある。そんな依頼は殆ど眉唾もので、前人未踏どころか盗掘だらけで大した物はない。行くだけ無駄なような依頼だった。

「……何処が?」
「北に、前人未踏の遺跡なんて無いんだよ」
「何で?」
 遺跡というのは旧時代の残り香だ。時には大発見にも為りうるし、考古学者にとっては命と言っても過言ではない。彼らのような旅人に取っては路銀稼ぎの対象でもある。

 世界各地に遺跡はあって、なかでも歴史的価値のある遺跡は『遺物【レリクス】』と指定されて手厚く保護される。普段彼らが調査を頼まれるようなものは歴史的価値も特に見あたらない人畜無害な建物の残骸で、そういうのを指して遺跡と言う。

 北の大国、ベルゼブルク皇国はその遺跡保護に関しては第一人者といっても良い。そんな国だから『遺物』も他国よりもずば抜けて多いし、遺跡も多いはずである。

「あんま知られてないことだけどな。ベルゼブルクの遺跡は全部役人が審査して『遺物』指定されてる。価値のあるなしは関係なく、昔のもんは全部国の保護下にある。ただ一つを除いてな」
「それが、この遺跡ってこと?」
「そーゆーこと。ベルゼブルクってのは特殊なお国柄でな。全ての遺跡は神様の爪痕なんだと」
「……何ソレ?」
 思わず呆気に取られて、セルズは問い返す。

「何、と言われてもなー。宗教的な問題だよ。お前もちょろっとは知ってるだろ、ベルゼブルクの建国史」
「そりゃまぁ、知ってるけど……」
「ベルゼブルクに生まれた民は皆、自分は神の子供だと信じている。だから昔から残っているものは神が建てたも同じ、だから国の宝として保護する。だけど反対に、魔王関連の物は全部抹消されてる。その一つがこの塔なのさ」
 言われて、昔聞いたことのある建国史をふっと思い出す。

「……もしかして、ベルジュブール王国の滅びの年に、眠りについた『魔王の寵子』が籠められたとかいう?」
 セルズが自信なさげにそう返してきたのを、ルースは良く出来ました、と言ってにやりと笑った。
 馬鹿にするなと文句を言おうとしたが、その次に男が吐いた台詞を聞いて、セルズは今度こそ言葉を失った。つまり、

「こんな依頼、そんじょそこらの奴らが頼めるようなもんじゃないぜ? なんせ自国の恥みたいなもんだからな。この依頼、ベルゼブルク皇帝直々のもんだね」
 言って、ルースはぺらりとした依頼書をセルズに突きつけのだった。







「いきなり落とし穴とか古典的かつ卑怯だぁぁぁぁぁ〜〜〜〜ッッッ!!!」
 がばぁっと起き上がり、セルズは取り敢えず大声で喚いてみた。塔の内部で声が反響してわんわんと共鳴した。

 塔の扉を開け、意気揚々と踏み込んだ所でいきなり"落とし穴"に引っかかったのである。ルースの突っ込みが即入らないということは、彼は免れたのだろう。ってことは、対魔導師用か、とセルズは小さく舌打ちすると立ち上がった。

 とりあえず塔の内部らしかったが、何処かはよくわからない。上を見上げてみても入り口らしき光は見えない。光も届かない深い場所なのだろうか。

 体を打ち付けて痛むのを我慢して、その辺に転がっていた杖を拾い上げて構えた。頭の中に一つの構成陣【アドゥム】を組み立てて、杖でとんっと地面を突く。その瞬間、黄金色の光が地を走り、魔法円【オルヴィス】が浮かび上がった。

「《指先に律たる金の針》」
  謳うように術文を口に出すと、金色の光がぽうっと辺りを照らした。
 その明かりは普段よりも明るく見えて、セルズはむぅ、と唸って難しい顔をした。

 昔の遺跡には、魔力の残滓が残っている事がある。遺跡の多くは神殿や王宮、廟等で魔法をかけて保護していた節があるからだ。

 そういうものの名残が、現在の魔導師【マギエル】が使う魔法と反応して、増幅したり半減したりする。昔の魔法は今の魔法の基盤ではあるが、その形体は様々な流派に分かれ今や古代の魔法と現在の魔法は別物である。

 ──そこに、危険因子が潜んでいる。

 大抵は盗掘済みの、魔法の残滓などあってないような所ばかりを調査していたせいか『本当の』前人未踏の遺跡がこんなに魔力に満ちた場所だとは思わなかったのである。

 それとも、呪いをかけられた姫君の塔だからだろうか。
 何にしろ、用心に越したことはない、と胸の内で呟く。

 石造りの堅牢な塔だったから、当然内部もそうだろうと思っていたら、意外にも深い緑の絨毯が敷き詰めてあった。金糸で大輪の薔薇と鳥の意匠が刺繍されている華やかなものである。妙に柔らかい感触がしたのはそのためだったのか、と思いながら辺りを見回す。

 鈍い金の燭台には溶けかかった蝋がそのまま残されている。寝台が一つと鉄格子の填った窓が一つ。うっすら光が漏れているというlことは外に繋がっているという事だ。そういえば、緩やかな傾斜に沿って建っていたような気がする。
 上はぱっくりと天井が空いていて、階段が壁際に螺旋状になって上に伸びていた。

「それじゃま、さくっと攻略させて頂きますかね」
 どこまで続くのかわからない階段を見上げるだけで、気が滅入りそうだったが、そうも言ってはいられない。
 セルズは軽快な足取りで階段を登り始めた。







 一方、ルースの方と言えば、セルズが姿を消した事には驚いたものの特に動揺はしなかった。
 足を踏み込んだ途端、セルズの足下にだけ魔法円が現れて、どこかへ転移させられた。対魔導師
【マギエル】用の罠だったのだろう、ルースはさっぱり影響を受けなかった。

 元々剣一本、身一つであらゆる戦も依頼もこなしてきたルースである。魔法関連は専門外だし、その実セルズと組むまでは魔導師に対する偏見もあった。つまり、『魔法なんぞという分けのわからん能力に頼るなんてろくなもんじゃない』。

 大抵の傭兵は今でもそう思っているし、魔導師は魔導師で傭兵の事を『単なる筋肉馬鹿』と思っている事だろう。しかし、初めて野営の陣を張った時のセルズは他の魔導師達とは違い、気軽にルースに話しかけてきた。

『お互い、馬鹿なことで命削るよな』
 確かに、領主同士の狭い領土の奪い合いで、何人もの人間が死ぬなんて馬鹿らしいにもほどがある、とルースも考えていた矢先の事だったので思わずそうだな、と同意を示した。

 しかし、その時前線で剣を振るう彼らとは違い、セルズ達魔導師の役割は敵陣の見張りと定時連絡だったので、自然こちらのほうが危険度が高いのだという思いがあった。

『お前、後方援護が仕事だろ』
 だから、直接命のやりとりに関わることは無いだろう、と言外に匂わせてルースは答えたものだ。

『失礼な事言うなぁ。後方援護って難しいんだぞ。味方吹っ飛ばさずに矢を落とすのって、剣で石つぶてを誰もいない方向に飛ばすのと同じくらいの難易度なんだから』
『……そんなことしてたのか?』
 矢が来ないのは好都合、くらいに思っていたがまさか目の前の少年がたたき落としているとは思っていなかった。

『だって、流れ矢でも死ぬじゃん。人』
『そうだけど……なら、何で言わない? お前かなり嫌味言われてるだろ』
『別に感謝されてもねぇ。当然のことじゃん。それに生還者が多かったら給金二割増なんだろ』
『金が入るなら、嫌味言われても平気ってか? とんだ金の亡者だな』
『そりゃ、嫌味言われんのヤに決まってるだろー。だけどさ、死なれるよりはマシだと思う』
 あっさり告げて、たき火に木の枝を一本放り込んだ。炎が爆ぜてぱちりと音を立てた。

 この火は確か、魔法を使えば簡単だというのに、少年自身が火打ち石を使って着けていた。普段自分がやっている事でもあるし、手つきも鮮やかだったことで特に気を留めてなかったが。

『それに、魔導師だから楽とか、傭兵だから大変とか、そんなの関係ない』
『あん?』
『全員、死の確率は同じ。だから死なずに済むならそっちを取る。それだけ』
 とても十代の少年の言葉とは思えなかった。こんな少年が傭兵として渡り歩いている事に関してはとやかく言うつもりは無かったが、あまりの悟りっぷりに少しばかり寂しさを感じるのも事実だった。

 それと同時に、妙な親近感が湧いた。少年が言ったことは、ルースの考えていたことと同じだったからだ。いや、傭兵なら皆そう思っている。全員、死と隣り合わせで戦場に出ている。それを一時的にでも生の方にひっくり返す事が傭兵の仕事だからである。
 ルースはくすりと笑って頷いた。

『なるほどね』
『オレの言ってること、変かな?』
『何で』
『こういうとさー十年早いっ! つって怒られんの』
 といってむくれる姿は年相応なのが妙に可笑しくて、ルースは吹き出した。

 もちろん、少年の言動が可笑しかったのも事実だが、なんだかんだで自分にも勝手な先入観が在ったことに気づいた、その自嘲も含まれてたかもしれない。

 その内紛の後、手を組まないかと誘った。少年は何で? とかなり懐疑的だったがとりあえず好都合と思ったようである。

 お陰で倦厭しがちだった魔法関連の依頼もこなすようになり、実入りが良くなった。まぁ内紛に参加出来た位だからそこそこ使えるヤツなんだろうと思っていたが、セルズの実力は想像以上で、正直驚いたものだ。

 なので、今更セルズが一人で何処かに吹っ飛ばされてようが、大丈夫だろうという確信があった。
 それに、魔法なら少年の専門分野だ。自分が口を出すまでもなく勝手にやるだろう。だからこっちも勝手にやる。

 用意してきた角灯【ランタン】に火を入れて、ルースもまた、何処まで続くのかわからない階段を登り始めた。







「37段目、と」
 一段一段数えながら登ってきたセルズは、踊り場につくなり、とんっと杖をついた。青白い光の粒子が蝶の鱗粉のように舞って消える。

「全く。手の込んだ造りの塔だこって」
 余りの用意周到さに、思わずため息、である。

 階段の37段目毎に踊り場が設けられ、その全てに邪悪を封じる三方陣【トランゲル】が敷かれ、その上踊り場3つ毎に敷かれた六角の方陣、とまぁ封印の上から封印を施すというかなり厳重な仕掛けである。きっちり37段がそろってることから、間違いなく封印目的で建てられた塔であることが分かる。

 ついでに言うなら地下に敷かれていた絨毯の刺繍も、鳥の位置を線で結ぶと六角形で、大輪の薔薇を縁取るのは三重の封印円という気合いの入れっぷりである。それを上から俯瞰した時には呆れを通り越して不気味なものを感じたほどだ。なんだか嫌な予感がする。

「しっかし、解除式習ってて良かったよな〜師匠ってロクな事しねーと思ってたけどこれだけはあの人の唯一の功績だな」
 当の師匠に聞かれたら杖で殴られているところだが、こんな所にまで杖を飛ばしてくるほど地獄耳ではない。

 セルズが覚えているのは飲んだくれて書いたレポートをそのまま提出するような、ぐうたら生活を満喫する姿だけだが、時折誰も考えてないような魔法公式を発表する。その全てが奇抜すぎて上層部の長老魔導師に受け入れられなかった。

 セルズが習った解除式もその一つで、あらゆる封印陣を逆に【リバース】して解くことが出来るという、無駄に最終兵器なシロモノで、『そんなの発表されたら魔導師の商売上がったりだろうが!』という一言で、却下された経歴のある魔法だ。

 これ覚えておくと便利だぞーと半ば無理矢理仕込まれたものだったが、変なところで役に立った。
 この調子で行けば、その内他の『便利な』魔法も使う機会が増えるかもしれない。

「そーなったら、結構オレ、ヤバイかも」
 なんせ未登録どころか存在自体が認められてない魔法である。大っぴらに使うとアビキュイオス除名、という事態にも成りかねない。触らぬ神に祟り無し。無駄に最終兵器を使うのはよそう、と新たに決意を固めた。

「ってゆーかこの塔、なんでこんなに無駄な設計なのかなぁーやっぱり封印目的だからかな」
 外から見たときは、そんなに大きくもない塔だと思っていたのだが。
「ほいっ、37段目っと……ん?」
 そろそろ作業が機械的になってきた辺りで、セルズは首を傾げる。──開封反応が無い。

「いよいよ怪しくなって来たかな〜」
 にやりと笑って再び段を数えながら階段を登る。37段目でもう一度解除式を打ち込んだが、やっぱり開封反応は無かった。

 今度は逆に階段を下り、二つ前の踊り場に戻ってくる。──そして、振り向く。
 相変わらず何処まで続くか分からない階段が見える。

「踊り場の数が18、階段の段数が合計で666段……確か古代魔法じゃ666は魔王の数字だったな」
 古い封印法の中に、縁起の悪い数字で邪悪を封じる、という方法がある。東方では今でも「4」は「死」に通じるとかで縁起が悪いとされているし、この魔法もそんな類の一つだろう。

 北の大国でもっとも縁起の悪い数字は、魔王の印【シジル】であるとされる「666」の数字だからだ。

 現在でも数方陣の信憑性はいろいろ取り沙汰されているが、セルズは迷信の類だと思っている。

 しかし、 魔法陣──正式な名称は魔法構成諸式体系陣【マギア・アドゥムブラティオ】というのだが、セルズはこんな長い単語を論文の中でしか見たことがない。──の原義は数方陣だというのは定説だし、数字と魔法との関連という研究に一生を捧げる魔導師も少なくないという事は、それなりの学術的根拠が在るのかもしれない。

 一応教練課程の必須だったので講義を聴いたことがあったが、その殆どは右から左へ流れ出てしまっている。

 そんなわけで、この踊り場で最後でも可笑しくはない。
 セルズは試しに、填めていた指輪を外し、投げつけてみる。何の魔法処理もされてない銀製の指輪だ。視線の先に墜ちるはずの指輪は、からーんと音を立てて、目の前で跳ね返った。まるで、見えない壁でもあるかの様に。

「当ったり〜♪」
 もう一度、確かめるように前方を杖で叩いてみると、こんこんっと堅い感触が跳ね返ってきた。生身の腕で同じ事を試したが、腕はすり抜けて前方の宙を掴んだ。なかなか手の込んだ罠だ。考古学者が見たら涙を流して感動するかもしれない。

「どうやって組み立てたのかなぁこの魔法。術式見せたらそれだけで二年試験受けなくて済むぞ」
 アビキュイオスには、新公式を発表したり、歴史的大発見とはいかなくともそれなりの発見をすると試験・能力審査を免除してくれる制度がある。

 アビキュイオスの更新には幾ばくかのお金がかかるのだが、セルズのような実践型の魔導師は、命の危険と隣り合わせのくせに賃金が低い、というのもざらだ。だから自然、新公式を考えるよりも路銀の計算の方がどうしても先になる。

 そんな事情もあり、セルズは半ば本気で呟いた。しかし、今はそんな場合ではなく、実際問題どうやって解除するかを考える。階段の封印は全て解いたハズだ。それ以外に不審なものは…………あった。

「………一番最初の絨毯じゃん!!」
 流石のセルズも、もう二度と階段なぞ登りたくなかったが、仕方ない。はぁ〜〜と重いため息一つ零して、階段を下り始めたのだった。







「……薄気味悪いくらい、何もねぇーな」
 角灯
【ランタン】で辺りを照らしながら、ルースはぽそりと呟く。一定間隔で金の燭台が並んでいるだけで他は殺風景なものだ。

 それでも姫君の住居空間も備えてあったのか、燭台の細工は見事なものだったし、一つ一つ意匠まで違う。職人技だなぁと感心しつつ登ること三十分。そろそろ最上階にたどり着いても良いものだが、その気配が無い。段の高さ自体がそれほど無いので、それで遠く思うのだろうか。

「まさかこんな広い塔だとは思わなかったぜ。そんな大きく見えなかったんだがなぁ」
 ルースも思わずぼやき口調になってしまう。

 紛れもなく彼自身の油断なのだが、ついつい言ってしまう。そもそもこういった平坦で地道な作業がルースは苦手なのだ。なんだかんだで根気強く頭を使って考える仕事はセルズの方が向いている。

 身体を動かしてる分、まだマシなのだが代わり映えのしない景色ばかり目に入るものだから結局、考えなくとも良いことを考えてしまう。

「…やべぇなぁーこれ」
 早くケリを着けてしまいたい。
 ルースは切実にそう思ったとき、塔が傾いで身体が揺れる。油断していた所に衝撃が来て、思わず壁に肩を打ち付けた。角灯を取り落としてしまい、舌打ちしながら拾い上げる。

「地震か?」
  しばらくその場に座り込んで様子を見たが余震らしきものはない。戻ろうかどうしようか逡巡し、とりあえず角灯
【ランタン】に火を入れ直す。

 ぽうっと暖かいオレンジの光で視界を取り戻したルースは、視線の先にあり得ないものを見て、絶句する。

「…………だから魔法は嫌なんだよ」
 呻くように呟くのも無理は無かった。階段が続いているはずの空間は、鉄製の扉に取って代わって彼の目の前に佇んでいた。

 まるで今までの現実を否定するかのような扉の出現に、恨みがましいものを感じながら扉に手を掛けた。
 当然重いだろうと思ったその扉はやけにあっさりと開き、彼を一つの部屋に導いた。

「──セルズ!?」







「とーちゃーく〜」
 振り出しに戻ったセルズの声は、流石に疲労の色が濃かった。鳥と大輪の薔薇を模した豪奢な絨毯は、薄闇に埋もれた底で、何かの沈殿物のようにその存在を示していた。

 ひっそりと、何も変わった所がないのが逆に怪しい。セルズは眉根を寄せながら絨毯に足を踏み入れる。

「六方陣……三方陣【トランゲル】の重複……三重の円陣【オルヴィス】。ったくもーーなにこれめんどくさい封印陣だなぁ!」
 ぶつくさ呟きながら、逆式を組み立てる為に頭はフル回転中である。

 最終兵器・リバース魔法を使おうにも、同じ陣ならともかく、円陣と方陣の両方が組まれた魔法ともなるとお手上げである。そこまでアウトローな魔法は今のところ開発されてない。

 ……自分の師匠が『めんどくせぇから』とかいう理由で作っている、という可能性はこの際考えない事にする。それはいくらなんでもやらないだろう。──やって無いことを祈る。

 少しずれてしまった思考を元に戻し、封印陣を検分し始める。鳥はベルゼブルクの国鳥である鳩、薔薇は国花だ。金糸だけで表現されたその模様は、実に職人芸の素晴らしさを物語っている。この際、品の善し悪しはどうでも良いのだが。

 その場に座り込んで、あれでもないこれでもない、と昔々にたたき込んだ無駄とも思えた公式を、記憶の底から掘り起こしていたが……

「………………あぁーーーもーーーーッ!!! 適当にやるッッ!!!」
 結局、そんな結論に達してしまうセルズである。

 苛立ち紛れに声を張り上げ、力任せに杖を突いた途端、セルズが呼び出していた金の光が弾けて、それに呼応するように封印陣が青い光を放った。

「なっ、何だぁっ!?」
 時折、気分によって威力が増減するのは確かだが、まさかはじけ飛ぶとは思ってない。しかもそれが封印陣に影響与えるとは。

「もぉぉぉ嫌だ帰りたい!!」
 頭を抱えて切実に嘆く。その間にもはじけ飛んだ光の粒子は封印陣を走って、鮮やかな光が方々に散って、光の乱舞となる。

 金色と青色と緑色と、じっくり見ていたら綺麗な光景だが、何が起こるか分からないのだから、見るだに不安である。しばらくすると収まって真っ暗になった。
 目の前で光の乱舞が起きていたせいで目がちかちかする。

「……遺跡調査なんてもう二度としない。普通にしない。オレもう絶対しない」
 まるで呪いのように繰り返しながら封印陣を確かめる。何が起こるかわからないので光を呼び出すのはやめておく。

 金糸の刺繍は真っ黒に焼けこげていた。まだ熱を持っていて生暖かい。
「…うーん、これは解けたと思ってもいーのか?」
 セルズがとりあえずまた階段登って確かめるか……と考えて振り返った先に階段は無かった。

「…………………至れり尽くせりだなー」
 代わりに在ったのは、大きな鉄製の扉だった。駄目でもともと、という気分で扉を押したら、やけに簡単に開いた。

 扉の先は、塔の外見からは想像出来ないほど明るい部屋だった。
 鉄格子は填っているが、その意匠は優美な唐草模様。昼下がりの柔らかな金色の陽光が、紗のカーテンに透けてきらきらしていた。

 窓の外は深い緑、遠くの稜線が空より少し濃い青色になって連なっていた。無骨な石造りの壁は明るいグリーンの布に覆われて、ぱっと見た感じでは塔の中とは思えなかった。

 足下の感触も柔らかい。塔の底にあった封印陣と同じ、深緑の地に鳥と薔薇の金刺繍の絨毯である。
 調度品は小さなチェストとサイドテーブル、ベッドが一つ。

「お邪魔しまーす」
 何となく声を掛けて部屋を物色し始める。といっても特に見る場所もないのだが。
 塔の中には見えないが、姫君の生活スペースだと考えるとやはり殺風景だ。

「おや。お客さんとは珍しい」
「っ!?」
 すぐ真後ろから声が聞こえて、セルズはばっと振り向いた。視線の先で、一人の女が微笑んだ。

 銀盆を両手に持っていて、それに乗っているのは陶器のポットとカップ、ソーサー。甘い香りは果物の入った焼き菓子である。
 場違いな思いを抱きながらそれらを見て、再び女に視線を戻す。

「……どちら様?」
「まぁ生意気。普通、聞く方から名乗るものよ」
 そう言って、女は軽やかな足取りでサイドテーブルに茶器を置いて、椅子に腰掛けた。
 カップを手にして、セルズを見てくる。名乗れ、ということらしい。

「──セルズ」
「本名を名乗らないなんて、近頃の魔導師にしては利口ね」
 女は目を瞠ってそう言った。特に揶揄などは感じなかったから、純粋に驚いているらしい。

 それでもセルズは憮然とする。魔導師見習いになってからまず最初に叩き込まれるのは、本名を名乗ることは自殺行為である、という事である。

 これは過去、ある宮廷魔導師が王に逆らった者の本名を聞き出して大量虐殺を行った事件が契機となっている。このような事件を二度と起こさぬように戒めるとともに自らの命を守ることになる。職業柄、逆恨みされることも少なくないため、このことは初めに肝に銘じさせられる。

 昔、それこそ虐殺事件が起こっていた当時には、本名の他に別名を持っている魔導師が多くいたが、今ではそれも減ってきている。その理由にはアビキュイオスが魔法による殺人を黄金律──全魔導法禁則で禁止し、それはアビキュイオス他、多くの国家の法律でも禁じられている為というのが一つ。

 そして、関連魔法の研究・調査自体を『異端』指定したことが挙げられるが、そもそも呪殺自体が流行らない、というのが大きな原因だろう。

 呪殺の前準備は下手をすれば一年以上の時間を要するから、毒を使った方がはるかに早く済む、などという物騒な思惑もある。

「姫君に何かご用? 此処はベルジェブール王国最後の姫君が眠る場所。それくらい、貴方もご存じでしょう?」
「別に姫様に用ってことは無いんだけど。ちょっと調査に行ってこいとか偉い人に言われて」

 そういえば、具体的な依頼内容は不明だ。ルースは調査としか言わなかった。
 セルズがそう答えると、女はすぅっと目を細めた。カップの縁に口を付けてから、小さく舌打ちをした。

「姫の存在を消そうってのね。無かったことにしようとする気なのだわ」
 そう吐き捨てると、セルズに向かって手招きをした。セルズが警戒して近づかないのを、くすりと笑って安心なさいな、と声を掛けた。

「別に貴方を取って食おうってわけではないわ。姫君の最期を看取って欲しいの」
 言われて、セルズは渋々近づく。

「…死を看取るったって…何百年も経ってるじゃん」
 女が首を傾げた。
「一応、生きてるわ。あたしがこの姫を眠らせたんだもの。
 でもあたしがこの魔法を解いたら死んでしまう」

 ………………………。

 あっさり言われて、セルズは数テンポ反応が遅れた。
「はぁっっ!? ちょっと待てよ! 呪いなんとかって作り話だろ!?」

「まぁ、呆れた。そんな嘘が事実になってるの? 冗談じゃないわ。この姫君が望んだこと全て、あたしが叶えてあげたの。
 国の為に犠牲になってこの塔に幽閉されたのに、この娘は真実この国を憂いていたのよ。
 あたしはこの娘が国の最期など見たくないというからその通りにしてあげたの。ついでにベルジェブール王国を滅ぼした」
「つ、ついで!?」
「そうよ。反乱軍を煽るなんて簡単だもの。姫君は実は魔女の身代わりに幽閉された、その噂だけで崩壊してしまった。国というのは脆いものね」

 次々告げられる女の『真実』に、脳みそはショートしかけである。聞かなかったことにしようか……とぼんやりセルズは思った。

「なのに、次の王もこの姫を許そうとしなかった。だからあたしはこの塔にあらゆる細工をしまくったわ」
 あのままだと王国の奴らにこっそり葬られそうだったんだもの、と女は言って唇を噛んだ。

「いつか、この娘が平穏に暮らせる時代がくると思ったのに、この国はずっと変わらない」
 女は皮肉な笑みを浮かべて、ベッドに眠る姫君に向かって手をかざした。

 その時初めて姫君を見て目を瞠った。規則正しく呼吸をする姫は、おそらくは当時の若さのまま眠っていた。淡い金髪は柔らかに波打ち、あどけない輪郭はセルズよりも幼い少女のものだ。

 瞳を閉じていても、最高級の人形のような繊細で美しい造りは、本当におとぎ話の姫君のイメージを、そのまま体現させたような感じだった。

 ただ難点を挙げるなら、黒いドレスがまるで喪服のようで気の毒だった。

「全く、愚かしいわ」
 呟くなり、少女の呼吸が速やかに無くなっていく。
「おいっこらっっ! お前殺す気か!?」
「もう死んでるのよ。あたしの魔力で生きてただけ」

 張りのあった少女の滑らかな頬が徐々に張りを失い、皺だらけの老婆の顔へ、そしてさらさらと砂が流れるようにして白い頭蓋がのぞく。眼窩がぽっかりと開いて、真っ暗な闇が見えた。

 人の一生を、一瞬のうちに見たような、奇妙な気持ちを抱きながらセルズは女を見た。女の横顔は固かったが、少年の視線に気づくと笑った。

「それにしても、よくあたしの細工が解けたわね」
「……偶然だよ」
 実際、そうとしか思えないのだ。特に絨毯の封印陣なんか、偶然が重ならなければ解けるはずが無かった。

「それか老朽化じゃねぇ?」
 セルズの言いぐさに、女はくすりと笑った。

「偶然にしたって上等よ。あたし、自分で解けないくらい頑丈にしちゃったから。壊すのは簡単なんだけど、解くのは苦手なのよね」
「………オイ、こら」
 ほけほけとした口調でそういう女に、セルズは頭を抱えた。あんだけ苦労したのに、なんだか報われない気がする。

「だから、これはあたしからのご褒美」
 にこりと笑って、女はセルズの頬に小さく口づけた。
 不意に、世界が歪んだような気がして、セルズは眉間に皺を寄せた。

「………今、魔法使ったろ」
「ええ。貴方、間違って出てきちゃったみたいだから、戻してあげたの」
「???」
「すぐに分かるわ。貴方のお連れさんも直ぐに来るから」
 何のことだろうかと首を傾げるセルズに向けて言うなり、後ろの扉がきぃぃぃっと開いた。振り向こうとした少年を引き留めて、女は続けた。

「困ったときは訪ねて来てちょうだい。あたしの名前はリナ・リア。魔女【ノルン】リナ・リア。忘れないでね」
その先の記憶は、ふつりと途切れていた。







「………ん……」
「おー気が付いたかセルズ?」

 目を開けると木の天井が真っ先に目に入って、セルズはぼんやりとなんで寝てるんだろう、と思った。ルースに声を掛けられて、その方向を向こうとした時に初めて身体が重くて上手く動けないことに気づいた。

「無理すんな。お前、倒れてたからな。休んでた方が良い」
「………何で……?」
 声を出すにも、喉に絡んで上手くいかない。

「何でかは俺が聞きたいくらいだね。俺が塔の最上階らしき場所に着いたらお前が倒れてたんだ」
 セルズは顔をしかめた。
「どれくらい寝てた…?」
「丸一日ってトコかな。塔の魔力にでも当たったか?」
「……かもしんねー」
 大きなため息と共にそう吐きだして、額に手を当てた。

 魔力に当てられた時は熱が出やすいのだが、特に無いようだ。必ずしも熱が出るというわけでもないから、濃密な魔力の中に居すぎたのかもしれない。

「…………セルズ、お前、何か変じゃねぇ?」
「?」
 唐突にルースに問われ、セルズは小さく首を傾げた。どこが? とでも言いたげな視線を受けて、ルースは続ける。

「……うーん……なんつーか………雰囲気が」
「そぉ?」
「ああ」
「……つか何か苦しくてさー水無い?」

 聞くと、ルースは水差しの水をグラスに注ぎ、のろのろと上体を起こしたセルズの手に渡してやる。受け取ったセルズを見ながら、何か違和感が拭い去れなくて、ルースは首を傾げる。違和感の正体が何なのか探ろうと少年を観察する。

「……………………セルズ」
「何?」
 水を飲んだら少し楽になったのか、きょとんと聞き返してくるセルズに、ルースは苦虫を噛みつぶしたような表情で問いかける。

「……………………お前、塔で何かあったろ!?」
「うん」
 やけにあっさり頷くセルズを見て、ルースはがしがしと頭をかいた。備え付けてあった鏡をセルズに突きつけて、言った。

「何か変だと思ったら、お前、女になってる」

 ………………………。

「………は?」
「鏡良く見ろ。ご丁寧に胸まであるぞ」
 言われて鏡をのぞき込むと、セルズの知らない人間が映っていた。

 赤みがかった長い金髪はゆるく波打って肩口を流れる。小作りの輪郭の中に、つぶらな紫の瞳と通った鼻梁、ふっくらとした珊瑚の唇が絶妙なバランスで収まっている。思わず愕然として額に手を当てたら、鏡の中の少女も同じ仕草をした。

 もちろん男であることを示す首の突起も無かったし、骨張っていた手も肉付きのよい柔らかな丸みを帯びたものになっていた上、端から見て分かるほどの胸のふくらみもちゃんとあった。
 ……それが自分の姿であることに理解するのに数十秒かかった。

 ぱっと見た姿はまるで別人だったが、よくよく見ればそれは記憶している自分の顔と酷似している。

 「えぇぇぇぇええええええぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ!? 何でぇぇぇえええぇぇぇぇ〜〜〜ッッ!?」
 そう叫んだセルズは、ようやく自分の声が女にしか聞こえないことに気づいた。

「……それは俺が聞きたいっつの」
 頭を抱えて喚くセルズの横で、ため息と共にルースがぼやいた。

「………ルースっっ!!!」
 セルズはしばらく石化した後、明後日の方向を向いていたルースにがばぁっと詰め寄り、がくがくと揺さぶった。

「な、何だよっっ!?」
「どうしよう〜〜〜〜〜〜〜ッッ!? オレ、女って事はさ!!」
「だから何だよ!?」
 問い返すと、セルズはびたっと動きを止め、恐ろしい形相で、地を這うような低い声で呻く。

「………オレ……嫁さん貰えないぃぃぃぃいいいいいぃぃぃ〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」
 最期の方は叫び声である。混乱のあまり何を言いたいのかよく分からない。ぽんっとセルズの肩に手を置いて言う。

「……心配すんな。いざって時は俺が貰ってやる」
「誰がっ!? 誰をっ!?」
「俺が、お前を」
「死んでも嫌だぁぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!!」
 叫びながら、枕に突っ伏した。

「お前結構傷ついたぞ俺今」
 お前が落ち込んでるから励ましてやったのに、と付け加えたがセルズは聞いてはいない。ため息を一つついて声を掛ける。

「落ち着けセルズ。混乱する気持ちも分からなくはねぇけどよ、喚いてたってしょうがないだろう」
 いつもならここで一発頭を叩く所だが、視覚が邪魔をしてそういうわけにもいかないような気がしてくる。基本的に女は殴らない主義でもある。

「そりゃそうなんだけどさー!!」
 ほとんど涙声で叫んでから、ぽてっと倒れ込んだ。余りの衝撃に力尽きたらしい。
「こんなのってあんまりだ……」
 枕に顔を埋めて、力ない口調でセルズが呟く。

「そうか? 似合ってんぞ」
 間髪を容れず返してくるルースをぎりっと睨み付けた。
「殺ス。」
「……冗談だよ」
 嘘だが。

 実際、セルズの容姿は見目麗しいと言えた。美人というよりは可愛らしい、という単語がしっくりくるような容貌だ。そんなことを言ったら普通に殴りかかってくるか火の玉の一つも飛んでくるかするだろうから何も言わなかった。

「とりあえず、塔の中で何があったか話してみろよ。俺が行ったときにはお前が倒れてて、ベッドの上には誰かの──多分姫さんのだろうが──遺骨があった」
「……オレがあの部屋に入ったときは……まだ生きてたんだ、姫様」
「生きてた?」
「うん。……でも魔力だけで生かされてたみたいだ」

 万能だと思われている魔法にも限界がある。
 眠らせて延命するという魔法も無くはないし、研究して実践している者も多くいる。

 しかし、成功している例はほぼ無い。魔法で、肉体の老化を止める事は出来ない。故に、普通に考えられる寿命以上には生きられはしない。なのに、

「姫様はまるで昨日まで生きてたみたいだった。たぶんかけられた魔法が強いせいもあるけど、場所的に魔力の密度が濃い場所だったからじゃないかな……。今まで誰も入ったことないってことは内部に魔力が満ちてたってことだから」
「その分、お前も影響受けて、そんなになっちまったってか?」
 セルズの説明を受けて、ルースが言う。しかし、セルズは力なく、だがはっきりと首を横に振った。

「まさか。ちょっと毒気に当てられるって感じだけど、性別が変わるほど強い魔法が発動するわけない」
「じゃあ何だ?」
 聞かれて、セルズは深く考える顔つきになった。ぼんやりとした記憶を掘り起こす。妙に明るい最上階。殺風景な空間、一人眠る姫君と……それを見守る、女。

「………リナ・リア………」
「んぁ?」
 ぼそりと呟いた言葉を聞きそびれたルースが首を傾げてるのを尻目に、セルズはばっと青年の方を向いた。

「そうだ!! 魔女リナ・リア。あいつだッッッッッ!!!」
「リナ・リア…?」
 ルースは、数度瞬いて、どういうことだ?と心の内で呟く。それにはお構い無しに、セルズは勢いづいてぱんっと膝を叩く。

「そうっっ!!その女がオレに魔法をかけたんだよ! なんか『間違って出てきてるみたいだから戻す』とか何とか言って!!」
「待てよ。リナ・リアだって?」
 エキサイティングしている少年(少女?)の隣で懐疑的な表情であごに手を当てるルース。

「そうだよっ! さっそくあの女の行方つかまねーとなッ!! そんで縛り上げて一発殴る!!」
 非常に勇ましい台詞だが、線の細い少女の見た目とのギャップがありすぎてそぐわなかった。

「お前、聞き間違いとかじゃなくて?」
「オレが憎い敵の名を忘れるとでも!?」
 何故か敵にランクアップしている。

「だってお前…リナ・リアって、姫様の名前だぜ?」
「………………………………はぁッ!?」

「姫君の名前はリナ・リア。正史じゃあ『魔女』とも記されてる。ベルジェブール王国暦の666年に呪いをかけて塔の中で眠りについた。
 時を同じくして王弟が近衛兵団と共に当時の国王に反逆し、王に収まった。国名をベルゼブルクと改め、現在まで続く。
 現在の王は二十三代目、ルヴェルフ・エトル・ヴァン・シュタイン。ちなみにリナ・リア姫の本名はリーナル・リーナエ・エトル・ベル・ティフ……だが、この名前は塔に入れられた際に棄てさせられているな」
「……嘘だ……」
 呆然と呟くセルズ。無理もない、目の前で魔法を解いた女の存在を知っているのだ。

 そういうと、ルースは難しい顔をしたが、ゆっくりと首を振った。
「実はな。呪いとかそんなものは、初めから存在してないはずなんだ」
「え?」
「リナ・リア姫は正妃の子なんだが……当時の国王──つまり、実の父親だな──の子を産んで、それ以来口をきかなくなったんだそうだ」

 その生まれた子供は畸形だった。実の父と娘の子である。血が濃すぎたのだ。当時の王妃はそれに怒り、宮廷魔導師【ヴェネフィット】をして『魔王の寵子』の烙印を押し、その子供共々、リナ・リア姫を塔に幽閉した。

 こんな醜聞が知られれば国王が、ひいては王国が侮られる原因となる。しかし完全にもみ消すことは難しい。とはいえ無かったことにしてしまうには大きな事件だった。

 歴史を改竄することは簡単だが、隠されたことを暴きたくなるのは人の性、必ずいつかはぼろが出る。それよりは、この状況を利用することを考えたのだ。

 ちょうど、この姫君が生まれた年は大飢饉の年であったし、子を産んだのは偶然雪の多い年だった。そのことを関連づけて、国の存続のための人柱にしたのだ。

 こうして、王国の醜聞は姫君への怒りと恐怖にすり替えて、曖昧なまま処理された。
 ルースが淡々と語る内容は、とてもじゃないが眠り姫などというおとぎ話のような響きにそぐうものではない。

「ってか、なんでそんな詳しいのさ?」
 当然の疑問を口にすると、ルースはばさっとセルズに書類を突きつけた。情報屋から手に入れたものらしい。
 その中に、二匹の鳩を囲む薔薇の紋章が入った紙があった。縁は金箔刷りで、依頼書と共に現国王の署名と花押。

「……………これ!? マジで!?」
「当たり前だろ。いくら俺が情報通でも、もみ消された歴史までは知らねぇよ」
 セルズの手から国王からの正式文書を取り返すと、続けた。

「今の王様はリナ・リア姫の弟君の子孫にあたる人でな。他にもっと近しい親族がいたんだけど運良く王座に収まってる人間だ。
 国王自身は傍系だからか、リナ・リア姫の幽閉事件の詳細を口伝えで聞いていたらしい。
 ──遺骨は王家の廟に入れるらしいぞ」
「ホントに?」

 セルズは目を瞠った。いくら王家の姫とはいえ、一度は王家自体が罪と認めて排斥したのだ。数百年経ったとはいえ、罪人である姫君の遺骨を廟に納めるということは、対外的には罪を許すということになるだろうし、真実を知る者に対しては、その罪が間違いであったと国王が認めることにならないだろうか。そうなるとまた、何か一悶着起こりそうだ。

「あぁ。もしかしたらこの国、変わるかもな」
 ルースが依頼書を眺めながらそう言うのを、セルズ聞くともなしに聞く。

『この国はずっと変わらない』

 そう言った女の声を思い出す。だが、その姿がどんな姿だったか、年の頃さえ、セルズは全く思い出せなかった。







「ってか根本的に解決してないんだけどっっ!?」

 二人は取りあえず依頼書をベルゼブルク皇国内の手近な情報屋の手に返し、完了したことを記した手紙と共に小さな骨壺を送るように頼んだ。手続きが終わるなり、セルズはルースに向かって噛みついた。

 元々ルースの方が背が高いから見上げるのはいつもの事なのだが、女の姿になったセルズは見上げる角度が上がったことが不満らしい。

 不服そうな顔をして睨み付けてつけてくるセルズの頭を、ぽんぽんっと軽く叩く。まるで子供をあやす仕草である。それがさらにセルズの機嫌が悪化する原因になっているのだが、ルースにしてみれば面白いだけである。

「そうカリカリすんなって、アリス♪」
「………殺す絶対殺す考え得る限りの残虐非道な方法でこいつを闇に葬ってやる………」
 不穏な台詞を呪詛の如く呟くセルズの額を突いて、ルースは言う。
「眉間に皺寄せんなって。可愛い顔が台無し」

「お前遊んでるだろーーーーーッッ!?」
「あったりまえじゃんおもしろすぎ。俺だって野郎より可愛い女の子と旅してる方が良いしそのままでいれば?」
「嫌だ!!」
 力一杯否定して、杖を低い角度でルースの足にヒットさせた。

 結局、セルズが見た魔女の正体は不明だし、それどころか姿形さえ分からない。分かっているのはリナ・リアという名前一つ。でもそれだけで一人の人間を捜すことは難しい。

「……前途多難だ……」
 「お前今女なんだから少しはしおらしくしたらどーなんだ……」
 鬱々と呟くセルズの後ろで、げんなりとした口調でルースが吐いた台詞に、見た目全く少女にしか見えない少年は逆上した。

「るせーよっ!! ルースが阿呆なこと言うから悪いっっ!!」
「……八つ当たりかよ。実際問題としてさ、これからどうするんだ?」
「戻る方法を探す」
「そんな勿体ない」
「……ルース。今の内に遺言でも残す?」
 にこやかに杖を構えて訊いてくるセルズのそこはかとない殺気を感じ取って、ルースは首を横に振った。

「つっても、アテがあるわけじゃないんだけど……」
「知ってるのはリナ・リアって名前……しかもそれが姫様と同じ名前じゃ、そっちの方の情報しか入らねぇかもな」
 ルースの台詞に、うーむと唸って首をひねるセルズ。

 確かに、リナ・リアという名前で情報を集めようにも、今回のベルゼブルク皇国の姫の情報が多く入ってくる事は間違いない。その中には別のリナ・リアという人物に相当する情報があるかもしれない。だが、それには時間と費用が掛かりまくる上効率も良くない。

 魔女を自称していたことを考えると、アビキュイオス他、魔法関係者を当たる方が良いかもしれない。

 事実、ルースにもそう提案されたのだ。しかし、数百年前から生きている魔女の話などそれこそおとぎ話に近い。そういうことを専門にしている学者も多くいるが、セルズなどの若手魔導師がほいほい会えるものでもない。

 面会の手続きはアビキュイオスを通してということになるので時間が掛かるし、場合によっては門前払いだ。まぁ保険だと思って頼んでおこう。

「つぅか、魔法関係者だったらお前、伝手あるんじゃねぇの。お師匠さんもいるんだろ?」

 ぴきっ!
 ルースが言った途端、セルズは形容しがたいくらいもの凄く嫌そうな顔で硬直した。

「……なんか、気に障ること言った……? 俺……?」
「いや…………。……師匠……師匠……師匠ね……」
 何故か何度も連呼して冷や汗を流す少女を見下ろして、しばらく様子を見てみる。言動はそのまんまセルズであるし、姉妹だと言われると納得するほど似ているのだがどうしても慣れない。

「あの人だけは……頼りたくないけど……仕方…………ないよな?」
「俺に訊かれてもなー。てか、師匠だろ? お前師匠に師事してたんだろうが。困ったときの師匠頼み。こういう時のために師匠がいる」
「その考え方も間違ってる気がするなぁ……」
 こめかみに指を当て、セルズがぼやく。

「気が進まねぇってのは何となく分かるけど、それ以外にアテ、ないんだろ?」
 うなだれたまんまのセルズにそう告げる。少年(?)は決意を固めたのか、がばっと顔を上げると、拳をぐっと握って突き上げた。

「すんげぇ嫌だが仕方ない! オレの明るい未来の為にオレは今、当たって砕け散るッ!!!」
「散るのかよ」
 セルズは何処か遠くを見ながら、勢いよく叫ぶ。俄然小さく見える背を見やって、ルースはため息混じりに突っ込んだのだった……。










 後世の研究書の記述に、こういうものがある。

 ──……『魔女』アリアンセルズは各地の紛争を解決した手腕を買われ、幾つかの国の宮廷魔導師を歴任したとしてその名を知られている。
 だが、この魔女の伝承及び功績の華々しさに比して、出生に関しては謎に包まれており、現在でも明らかにされていない。この魔女の出現と前後して同姓同名の魔導師が存在したことは確認されているが、この魔女との関連性は不明である……──と。






































【千年王国の眠り姫 
Sleeping Princess in Millennium Monarchy】 Date.2006.6

 歪曲真珠の『闇鍋』企画用に書いたもの。
 ……なんですが、闇鍋が空中分解したため、サイト掲載。
 デザインが読みづらくなってるのは意図的です。確信犯です。質が悪いです。
 でも、この壁紙がどうしても使いたくて、読みづらいままです。すみません、雰囲気重視で(ぉぃ

 掲載は2006年ですが、実際に書いたのは2004年頃だったかと思います。
 丁度、精神的に不安定だった頃で小説を書く気も起きてなかった時期の作品の割には、書き始めた当初からのライトコメディのタッチが戻ってきてるような感じです。最近の傾向がシリアスに向かいつつあるので、何だかこっちの方が珍しくなってきたな(苦笑

 某灰夜嬢とのメッセ会話中、「性転換な話書く」みたいな話題になりまして。
 それで「じゃあ私も!」みたいなノリで便乗した作品がこれ。
 主人公が性転換。じゃあやっぱり妥当な所で、呪い? と思い、
 呪いなら、お姫様は必要だよねッ と決めつけ、
 じゃあもう眠らせちゃえ★ と安直に考えたら、
 それって眠り姫やん! とセルフツッコミしたけど話がもうそっち方向で進んじゃってたので、そのまま根性で終わらせました(ぇ
 『闇鍋』コンセプトが「短い物語集」だったので、序章のような感じになってます。
 実際問題、続きを書くのかどうかについては未確定です。