Metaphysik

scene 1

 出会いは唐突だった。

 彼は息苦しさを覚えて目覚めると、目の前に一人の少女がいた。
 その少女は首を傾げたまま、彼の顔をのぞき込んでいたらしくじぃっとこちらを見ている。
 目が合うと、少女はにこりと微笑んだ。

 純真無垢な、綺麗な笑顔だ。

 金髪───細い金糸のようなそれはクセがなくまっすぐで、深みを帯びた紫の瞳は吸い込まれそうだ。
 彼と同い年ほど───十三、四ごろの少女をしばし驚きながら見つめていた。が、

「‥‥‥誰?」

 かすれた声で少年は問いかけた。
 しかし少年に乗っかった少女はその細い首をこくんと傾げ、
「‥‥‥わかんない」
 と言う。

「とりあえず、どいて欲しいんだけど」
「うん」

 少女は素直にうなずくと、少年のそばにちょこんと座り直した。
 白いリネンの服をまとった少女は相変わらず不思議そうに少年を見ている。
 その視線をひしひしと感じつつ少年が立ち上がり、砂埃を払う。
 払いながら、問いかける。

「名前、なんて言うの?」
「リイラ」
 打てば響くように答えが返ってきた。
「どこから来たの?」
「‥‥‥わかんない」
 少女【リイラ】の答えに、少年はため息をついた。
 この調子じゃあ名前以外何も知らなさそうだ。

「ここからちょっと行ったところに街があるから、そこで何とかしてもらえよ。
 俺は行くから。じゃあな」
「ちょっと待ってよ」
「うわっ!?」

 少年が指さした方向の逆を行こうとしたら、少女に服を引っぱられた。
「何だよ?」
「あなたの名前、何?」
「あ〜?名前?‥‥ラズリだよ」
「ラズリ?」
「そう。もう気が済んだろ?俺は‥‥」
「わたしも行くの」
 少年───ラズリのセリフをさえぎって、リイラが言う。
「‥‥‥はぁ?」
 一瞬理解出来ず。間の抜けた声をあげるラズリ。

「ラズリについて行くの」
「何言ってんだよ、急に」
「行かなきゃダメなの!」
 かなり引き気味の少年に対し、リイラは興奮しているのか、頬を紅潮させ真剣な目つきで言う。
 そしてなおも言いつづける。

「何でかわかんないけど、ラズリについて行くの」
 言って、キュッとラズリの服をつかむ。

 じぃ──っと何かを訴えるような瞳【め】で見つめてくる少女を見返しながら、イライラと頭をかき、嘆息する。
「もう、勝手にしろよ!」
「うん」
 にこにこにっこりと微笑むリイラに、ラズリは脱力した。

scene 2

 リイラという名前しか知らない少女との、奇妙な旅が始まって数日経った。

「ねぇ」

 彼女はいつものように無邪気に問いかけてくる。
「何」
 無視したかったが、無視するととさらにうるさくなるので、ラズリは返事をしておく。

「ラズリは何で旅をしてるの?」
「───‥‥別に、理由はない」

「何か失【な】くしたの?」
 リイラの、そのセリフに反応し、立ち止まるラズリ。自然、後ろを歩くリイラの足も止まる。
「‥‥何でそう思うんだ?」

「急いでるみたいだから。ラズリは『何か』なくしてるような気がするの。
 形がなくて、つかめなくて、でもとても大切な『何か』。それが無いからわたしがいるの。
 わたしね、きっとその『何か』をラズリに捜してあげるためにここにいるんじゃないか、って思うの。」
「何だよそれ。わけわかんねぇ」
 肩を落とすラズリ。

「それに『何か』って何だよ?」
 その問いに、彼女はきょとんとした表情【かお】をする

「‥‥‥わかんない」

 やっぱりな、と嘆息するラズリ。
 リイラはずっとこの調子だ。
 抽象的なセリフは言うものの、具体的なことに関してはわからないと言う。
 彼女はつかみどころがなく、不思議な雰囲気で、実在していることに違和感を感じる。
 手で触れれば幻のように消え去ってしまいそうだ。

「ねぇ」
「次は何だよ」
「北へ行こうよ」
「北だぁ?」
 突拍子もないセリフにすっとんきょうな声を上げる。
「うん。北。なんかね北に行きたいの。
 誰かに呼ばれてるみたい。‥‥ラズリには聞こえないの?」
「俺に聞こえるかってーの」
「でも、ラズリを呼んでるよ」
「‥‥あのなぁ〜‥‥」
 あきれて物も言えない様子のラズリをひとつも気にしていないように、リイラは続けた。

「行こうよ」

 じっと見つめてくる双眸は透明で、静謐で、汚れがない。
 すべてを見透かされているような気持ちさえ抱かせる。

 ────長い沈黙ののち、ラズリは渋々ながらリイラの意見に同意した。

scene 3

「ラズリ!」

 名前を呼ばれて、はっと我に返った。
 炎の赤が染める、かつての自分の場所を呆然と見つめていた彼は、声に反応し視線を移した。
 そこには、一人の少女がいた。
 銀糸の髪は炎の色を映して赤く輝く。必死に走って来たのか、汗まみれの泥まみれだった。

「どうしたんだよ!?」
 彼の問いに、少女は首を横に振った。
「わかんない。急に襲ってきたの。でも多分狙いはこれだと思う」
 言って、少女は銀色を帯びた青色の玉が連なった首飾りをつかむ。
 それをさっと取り外すと、ラズリに押し付ける。

「逃げて」

「!? 何でだよ!」
「二人で逃げても助からないわ」
 淡々とした口調。

 静かな瞳【め】。全てを見通す鏡のような。

「行って。早く」
 言いながら、近くの森へ逃げ込むように彼女は促す。
 ラズリは仕方なしに背を向け走りだす。
 森に入ってから少しして、彼は振り向いた。

 その時少女の背後に黒い人影があらわれ、銀色に輝く『何か』を振り上げる!
「!!」
 危ない───そう叫ぼうとしたが、少女の視線を受けて口をつぐんだ。

 銀光が孤を描く。

 そして、人形のように少女が崩れ落ちる。

「‥‥嘘だろ‥‥」
 呟きが思わず漏れる。
 その時───

 がさっ!
「っ!?」

 茂みから、いつからいたのか人が現れる!
 鋭い蹴りがラズリを遅う!
「何なんだよ!?」
 かろうじで攻撃をかわしつつ、誰何の声を飛ばすが取り合わない。
 逆に問いかけたことで息が切れ、少し動きを止めた瞬間みぞおちのあたりに衝撃を感じた。

 そのまま、意識は闇に落ちた。

scene 4

「ここは、街だったの?」
 何もない焦土を見つめていたリイラは不意にそう問うた。

 北へ行きたいと言った彼女は、最も北にある荒涼とした土地で足を止めた。
「‥‥何でわかるんだ?」
「見えるもの。人だっている。
 けどみんな形がないの」
 リイラに言われて、ラズリは先程まで彼女の見ていたところを目を凝らして見てみるが、やはり何も見えない。

「ラズリには見えないよ。きっと。
 ラズリは『そこ』にいないから」
「‥‥? どういうことだ?」
「この人たちがラズリが呼んでるの。けどこの人たちは『そこ』にしかいられない」
「何て言ってるんだ?」
「『やめて』って」
「‥‥」
「ねぇ、フクシュウとかってやめようよ。『そこ』にいる人はみんなラズリのこと心配してる」
 思わずラズリがリイラを見る。
 リイラも彼をはったと見据えた。

「‥‥リイラ‥‥」
「何?」
「お前‥‥一体誰なんだ?」
 リイラは首を少しかしげ、純粋な色の瞳のままで笑う。

 あの、ラズリの知る少女にあまりにも似すぎたその色。

「わたしはわたしだよ」
 それ以外の何者でもない、と彼女は言う。

「とにかく、フクシュウはやめようよ。この人たちだってそう思ってる」
「でも‥‥!!」
「それに、ラズリが手を出すまでもないことだよ」
 穏やかそう告げ、森の近くの、影になっている所を指さす。
 そこにはすでに息絶えたらしい、黒い服の人影───

「‥‥!」
「それと、これ」
 事も無げに言って、両手に乗った首飾りをラズリに手渡す。
 青銀色の、わずかに光を帯びた玉が連なった、神具。

「!? 何でリイラが持ってるんだ?」
「渡してくれたの。多分‥‥ラズリが大切にしてた人から」
 リイラのセリフを聞きながら、ラズリはその玉を手のひらで転がす。

「もう帰ろっか。 この街も、人もみんなちゃんと向こうの世界に帰ったよ」
「‥‥ああ。そうだな」
 ラズリは小さく笑って答えた。

scene 5

「わたしね、わかったよ」

「‥‥何が?」
 もう失われた街をあとにし、近くに草原の広がる街道を歩きながら、リイラは言う。
 問い返すラズリ。

「わたしが何なのか」
「ホントかよ」
 半信半疑のラズリに微笑みかけ、リイラは続ける。

「わたしね、きっと生まれ変わりなんだよ。首飾り持ってた子の」
「‥‥リーンの?」
「リーンっていうの?あの子」
「ああ、聞いてなかったのか?」
 うん、とリイラがうなずく。
「だってあの子、真名はリイラだって言ってたの。
 だからわたし、『リイラ』の生まれ変わりなの。多分」
 そう言ったきり、会話が途絶えた。

 風が草原を渡る。どこかで鳥の鳴き声がした。

「で、どーすんだ?」
「どうしようか。わたし、目的果たしちゃったし」
「目的‥‥って俺の『何か』を捜すとか何とかって奴か?」
「そう。ラズリはきっとココロの一部分が欠けてたんだよ。それは、取り戻したの」
「そうなのか?」
 いまいちピンと来ない。
「取り戻したよ。フクシュウをやめたから」
 そこまで言って、彼女はふと口をつぐむ。

「ねぇ、でもわたしはどうしたらいいのかな?」
 あまり困ってなさそうな口調で言われ、ラズリは嘆息した。
 そして、仕方なしに手を差し出す。

「?」
「一緒に来れば? どうせ何もわかんないんだろ?
 俺もよくわかんないし、お互い様」
 そのセリフに、リイラの顔がぱっと輝き、破顔する。

「うん。一緒に行く」

 そうして、ラズリの手を取る。
 形ないもの、遠い場所にいるものの様だったリイラが、その瞬間、とても近い存在に思えた。

「どこ行こっか」
 わくわくとした表情でリイラが言う。
「そーだなぁ‥‥」
 考えながら、ふと後ろを振り向く。だがそれは一瞬のことで、次の瞬間には前を向いていた。

「南に向かおう。レディリス王国の方」
「決まりだね。 じゃあ出発〜♪」

Fin.


【Metaphysik】

はい!短編です!
クラブで最後に書いたモノ。テーマは「旅立ち」。
いやまぁ・・・卒業間近だったんで、こうなったわけなんですが・・・。
あんまし「旅立ち」でもないです;
『目指せ、後に何かしら残る話!!』とかほざいてたにも関わらず、謎しか残ってないという・・。
あぁ、謎が残ってるからいいんだ・・・(ぇ
『何かしら』残る話ですもんねvv(ぉぃ

この題名、Metaphysikはドイツ語で「形ないもの」と言う意味です。日本語で言うなら「形而上」って奴です。
いつだったかの国語のテストで出たモノをネタに♪(ぉぃ
うーん、どこに転がってるか分からないモンです(笑<ネタ

友人曰く「ラズリはハンサムボーイ」らしいです。
はぁー・・・そぉなのかぁーーー・・・・(謎

それでは、あとがき終了です。

玉蟲拝