やる気のない勇者と間抜けな魔王、その顛末











 それは、言うなれば人間的欲望とは切っても切れない関係なのだ。
 人はそれが無ければ困惑し、慌てふためき、人を殺
【あや】めるまでに追いつめることさえある。
 要約すれば、俺は金欠なのである。

 この、セ・ル・ミーファ王国の関所で、入国料とやらを徴収されたセイで、俺の路銀はあっさり底を尽きやがった。善良な一般市民…もとい一般旅人に対して、何という心無い仕打ちなのだろうか、全く以て納得できない。

 よっぽど吹っ飛ばしてやろうかと思ったが、それで捕まるのもアホらしいので、思う存分嫌味を飛ばすだけでやめておいた。
 役人どもはえらく迷惑そうだったが、それぐらいの報いは当然である。こちらは生きるか死ぬかの瀬戸際なんだからな!
 ……これはちょっと大げさかも。

 何はともあれ、今夜一晩泊まるくらいの金なら残っているのが幸いしているが、それだけではこの先旅を続けるにも苦労する。
 どうにかしてラク且つ高賃金で短期の仕事を見つけて稼がなければなるまい──そう思いながら、国境から続く大通りを歩いていた。

 大通りは大通りらしく喧噪【けんそう】に溢【あふ】れているが、きっと入り組んだ細い道などに紛れ込めば、一発で身ぐるみはがされるだろう。賑やかで華やかな雰囲気で化粧した街の裏には、そんな素顔があるものだ。
 …と、とりとめもないことを考えていると、とあるチラシが目に留まった。自然と、足も止まる。

 断言する。
 俺はこの時苛立
【いらだ】ってもいたし、金欠で追いつめられてもいたに違いない。
 そうでも無ければこんなチラシなど目にもつかないハズだ。
 そのチラシには、こうあった。

『よろず勇者募集中!! 勇者になって賞金ゲット! 勇敢なる者の参加を求む!!
                   セ・ル・ミーファ王国立イルゼンシル闘技場事務局』

 これが国を挙げての一大イベントだというのだから泣けてくる。
 ──だが、この時はまだ、俺は知らなかったのだ。
 この後に降りかかる災難のことなんて。

 セ・ル・ミーファ王国とカ・ランディッサ王国。
 名前は両国とも同じ『王が治める国』であるが、この二つの国の間には切っても切れない因縁という大河が横たわっている。しかも、その大河は何百年も前から存在し、両者の間を悠然と流れ続け、今後も干涸らびる予定はないようだ。

 代々『英雄王』が治めるセ・ル・ミーファ、それに対して『魔王』が治めるカ・ランディッサ。
 前者には人間の民が住み、後者には悪魔と僅
【わず】かな亜人種の民が住んでいる。人間と悪魔は、言うなれば食う食われるの関係なのだが、そこにも食物連鎖というものが存在するらしく両者の人口は、長い目でみればさほど変わらない。

 しかしそれは、人間側が悪魔に抵抗する力が無かった頃の話で、現在では対悪魔用兵器や魔法が当たり前のように存在する。為す術のなかった人間達でも、悪魔を倒せるようになったのである。
 そうなると、人間達は自分をエサとする悪魔を排除しようとする。
 悪魔達も、エサとしていた人間の、思わぬ抵抗に牙を剥
【む】く。

 さっき全体でみれば人口はほぼ両者は同じだと言ったが、潜在的な能力はもちろん悪魔の方が高い。しかも彼らは一度牙を剥【む】いた相手に対して、容赦はしない。

 ということで、このセ・ル・ミーファの民のため、立ち上がったのが第十二代目の英雄王である。彼が対悪魔用兵器(つっても銀の弾を込めたピストルみたいなもんだけどな)や呪縛魔法などの開発に勤【いそ】しんだり、推奨したりする傍【かたわ】ら、闘技場を建設しては天下一武闘会みたいなのを催して、『勇者』を輩出してきた。
 その戦で、初めて英雄王と魔王が打ち合いを果たし、見事人間側が勝利をおさめた。合戦から帰ってきた英雄王が、当時の『勇者』に向かって、この者の助力があったから勝てた──などという殊勝な言葉を投げかけたのをきっかけに、この武闘会が毎年行われるようになったらしい。

 ──ここまで聞くと、良くありがちな英雄譚【サーガ】で、吟遊詩人【ミンストレィル】などが得意そうに吹聴してそーな話ではあるが、史実だから仕方ない。
 この戦の後にも四、五回大戦があり、その度に両国は大災害を被っている。
 時には魔王が滅ぼされ、時には英雄王が殺されたが、両者はこれまで平和条約なんて結んだことはなく、拮抗
【きっこう】し続けている。つまり、常に一触即発状態とも言える。

 大昔からそんな緊張感の中にいると、国民も慣れてきちゃうらしい。人間の構造は未だ以て神秘のベールに包まれていて、この『勇者』を生み出す定期的イベントで大盛り上がり。お祭り騒ぎもいいところである。
 俺は円形の広い闘技場の真ん中で、ぴくぴくと痙攣
【けいれん】したまま起き上がろうともしない対戦者から視線を外し、周りをぐるりと見回してみた。

 そう。俺はなんだかんだ言って、『勇者』イベントに参加してたりする。なんてたって賞金がデカイんだもんな。参加費用かかんないし、宿も国持ち。ちゃんと三食ついてきてタダだぞ? 参加するっきゃないでしょ。

 赤貧の俺は、そんな正当な理由を掲げて参加したのだが、目の前で倒れてる奴は俺の目的を聞いて鼻で笑いやがったのだ。
 それでちょっとカチンときたから一発お見舞いしてやったら、すっかりノビてやがんの。
 正義だの何だのと大義を掲げて来たわりには大したことねーヤツ。

 やがて審判らしき騎士が叫ぶ。闘技場全てに声が行き届かんばかりに。
「勝者、ラティス・レシーファラ!」
 途端、闘技場が歓声に満たされる。一箇所に寄り集まった大衆の声は、まるで一匹の大きな生き物が吠えているように聞こえた。
 ま、とーぜんの結果だろ。相手がアレじゃな。
 俺は肩をすくめてその場を後にする。

 優勝しなければ金が手に入らないと思ってたのだが、どうやら一勝するごとに賞金が貰え、金額も増すようだ。この闘技大会はトーナメント方式らしく、俺は一昨日の開催日から順調に勝ち上がって来たわけなのだが、いきなり現金渡された時は素で驚いたぞ? まぁ、嬉しい誤算だけどな。

 しかも獲物は何でもオッケーのルールほぼ無制限。
 『勇者』たるもの、オールマイティな能力を持つことが望まれる──らしい。開会式の挨拶で、現『英雄王』が何か言ってたけど、ほとんど右から左へ抜けていった。

 ヒラヒラと舞う紙片は、カラフルな色紙かと思いきや、真っ白でなんの飾り気もない…どうやら国を挙げての勇者選抜大会は、国を挙げての天下一賭博会でもあるらしい。
 大昔、真剣に国盗り合戦やってた英雄も魔王も、この様子を見たら泣くかもな。

 自己紹介が遅れたが、俺の名前はラティス・レシーファラ。流れの傭兵である──と言っても、俺の獲物は剣ではなく魔法だが。
 一部じゃ赤い悪魔だの紅蓮の魔術師だのといった、何処かで一度は聞くようなありきたりな二つ名で有名らしい。失礼な話である。俺は自分の赤毛が好きだとゆーのに。

 まぁ、この二つ名ってヤツが意外に効力を発揮してくれて、ビビった対戦者もいたんだが、逆に『十一年前の恨みを思い知れ!』なんて言って逆上したヤツもいた。
 見当違いもいいトコロである。そいつとは見ず知らずの他人で初対面、なのにいきなり斬りかかって来られたら、倍返しにしちゃうでしょう。と考え、その通り実行してやったらそいつ、泣いて帰ったし。
 もう、ワケわからんぞ、闘技場って空間は。
 大体十一年前、俺はたった六歳のガキである。いくら俺が才能溢れる子供だったとは言え、一体何が出来るとゆーのだろう。

 そんなこんなで勝ち抜いて、俺はとうとう決勝戦まで来てしまったのである。
 今日がその対戦日──なのだが、かなり疲労感がピークに達していた。

 何しろ闘技場と宿は近いとは言え、歩かなければならない距離にある。
 すると、そこでまず注目される、声を掛けられる、お姉さんに誘われる、変な壺を売りつけに来る、何故か襲撃される、真夜中にも来る。
 と、数え上げればキリがない。まぁ、おねーさんは悪い気しないけど。

 賭の対象として眼中に無かった俺が、決勝戦にまで来ちゃったセイで、余計に目立っているらしい。しかし、何分広い闘技場でのこと、俺の顔を見てではなく、この赤い髪を目印にしているんだろう──という推測のもと、髪を布で隠したトコロ騒ぎは見る見るうちに減った。単純だが、意外と気付かれないモンである。中には目ざとく見つける者もいて、握手を求められたが、可愛い娘だったので快く応じたりもした。

 そんな時だ。声が聞こえたのは。
「若人
【わこうど】よ、話を聞け」
「うわぁッ!?」
 俺は思わずずざっ、と反射的に声の方とは逆に退き、ぎくしゃくと振り返った。
 声は若い男のものだが、どこか芝居がかって聞こえる台詞だ。振り返った先にいたのは、予想通り、若い男──多分、二十……二、三ってとこだろう。

 その男を一言で言い表すなら『超絶美形』ってのが一番しっくり来るだろうか。女が遠巻きにキャーキャー騒ぐような、一種近寄りがたいものを持つ美人──そーゆー類だ。
 流れるような金髪に、泉の、澄み切った水を思わせるペリドット・グリーンの瞳。それなりに着飾れば映えるだろう長身痩躯
【そうく】……だが、地味な外套で全身をすっぽり覆ってしまっている。まさしく『お忍びの貴公子』という言葉を体現しているようなヤツ、と言えば分かりやすいだろうか。

 その男は、男にしておくのがもったいないくらい端正な顔を上げ、腰に手を当てて仁王立ちしている。なかなか様になってはいるが、いささか場違いな野郎である。

 しかし、油断はならない。この男、先程まで気配がなかったのだから。

「何か、私の顔についているかね?」
 依然、仁王立ちのまま問いかけてくる男。
「いや、ついてないけど。 ……俺に何か用?」
 そもそも先に声をかけたのはそっちである。こっちはあまり時間がないんだからさっさと要件言ってくれ。

「お前が勇者だな?」
「違うわボケ」
 思わず即答。『お前』呼ばわり減点1。

「なッ!? ボケとは何だ!! お前は私を侮辱しているのか!?」
 ……感情の起伏の激しいヤツだな。精神安定剤、服用した方がいんじゃないか?
「そんなつもりねーけどさ。そっちが先に変なコト言ったんだぜ?
 誰が勇者だよ。俺じゃねーよ」
 俺は偶然金欠になってしまっただけの一般市民だ。

「ふ……しかし、お前が決勝戦に残っているのだろう?」
 男は不敵に笑って言う。問いかけというよりも、答えを予測した断定口調だ。
 『何なんだよ、コレ。』という風な表情が、俺の顔にありありと出ていただろうが、男は涼しい顔をしている。

「俺が勝つとは決まっちゃいない」
 そう切り返したが、俺には勝つつもりはなかった。すでに金欠の神はどこかへと旅立っていったのだから、後の憂いはないのである。
 だのに、『勇者』、なーんて祭り上げられるのはまっぴらごめんだ。そんな『栄誉』は相手にやって、俺は別大陸に渡ろうと思っている。

 だいたい、こんなものを開いているからには、セ・ル・ミーファとカ・ランディッサ間でまた大戦があるに違いない。そんなものにすすんで巻き込まれてやろうと思うほど、俺は心の広い人間ではない。

「いいやッ! お前が勇者だ!!」
「はぁ?」
 妙に力んで断言する超絶美形。根拠が無くても自信満々なのは、何故だろう。

「……あんたさぁ、もしかして疲れてるんでない?」
「当たり前だッ!! 二日前から何も食してはおらんッ!!」
 ……ははぁ、栄養足りなくて精神状態がハイなんだな、コイツ。

「じゃあ、神殿とか行ってみろよ。何か施してもらえるぞ」
「何!? そんな場所が存在するのか……!! 重要な情報だ、礼を言おう。
 ……お前、話をうやむやにしようと思っているようだが、そんな甘言には騙されんぞッ!」
 ちっ、気付いたかッ! 心の内で盛大に舌打ちをする。コイツなら舌先三寸で丸め込めそうだったんだけどな。

「とにかく、だ。お前は勇者の星の下に生まれた、運命【さだめ】の者なのだッ!神の示した者なのだッ!!」
 ずびしぃっっ!! と俺に向かって指さす青年は、芝居調の台詞さえ無視すれば、とても図になったことだろう。
 『だろう』というのは、他でもない。俺はさっさと背を向けて、闘技場に向かっていたからだ。

「な……っ!? 消えた!? 妙な術を使いおって……!!」
 人混みに紛れた俺の背に、覆い被さるように男の声が聞こえてきた。
 星の下だの運命だの神の示しだのと抜かす人種は、信用してはいけないのである。

 俺は闘技場の真ん中で、一人ぽつんと対戦者を待っていた。
 国王も足を運ぶ御前試合だと言うのに、相手の姿はさっぱり見えない。皆、初めはそういう趣向なのかと思っていた。なにしろ、その対戦者とやらは大会三連覇した傑物だというので。

 だが、それにしては遅すぎる。すでに、予定時間よりも小一時間過ぎてしまっているのだ。闘技場の中の人々が、困惑のどよめきを生んでいる。
 寝不足と、変な兄ちゃんに絡まれたこともあって、俺もかなりイライラしていた。負ける気で来たわけだが、反則負け、という手も使える。姿を見せた途端に魔法で一撃! とかならストレス発散と試合棄権が同時に出来る。正しく一石二鳥、そうだ、そうしよう。

 ──と決意した所で、審判の元に一人の兵士が駆け寄ってきて、何事かを告げる。審判の騎士が少し驚いたような、呆れたような顔をして俺の方に向かってきた。
 一体なんだ? と俺が思ったように、その場にいた人間全員がそう思ったらしく、一斉に視線が彼に注目する。
 その騎士が告げた台詞は、とんでも無い内容だった。

「対戦者、リーリンは試合棄権! よって不戦勝!
 栄誉ある第五十七代目の『勇者』はラティス・レシーファラ殿と決定いたしました!!」
 うおぉぉぉぉという稀に見る歓声───というよりは、諦めともとも怒りともつかないやるせない叫びだ。

「ってそんなんアリ!?」
「アリです。」
 俺はその騎士に胸倉ひっつかんばかりに詰め寄ったが、至極真面目に且つあっさりとそう切り返してきた。
 そーとー変な国だッ!! セ・ル・ミーファ王国ッッッ!!!

「ふっ、やはりお前が勇者であ……」
「わかったっ!! お前だなっ!?」
「何がだ!? いきなり怒鳴りつけるとは不敬罪だぞ!?」
 見覚えのある超絶美形(ちょっと空回り系)を見つけるなり、俺はそいつの胸倉ひっつかんでゆさぶってやった。身長差なんてこの際無視だ無視。
 ──そうだ、全ての元凶はコイツだ。間違いない!!

「お前が謀殺したんだろ!? 吐け、今すぐ吐け!」
「私の腹の中は空っぽだぞ!! お前、謀殺などと人聞きの悪いことを言うな! そもそも誰が誰を謀殺したと言うのだ!?」
「お前が俺の対戦者を!」
「そんなことするわけなかろう!?」

 なおもしらばっくれる男をじとーっと睨み付けるが、そいつは心底意外そうに、疑われたことに対する怒りを滲【にじ】ませながらはったと見返してくる。
「大体、その対戦者とやらは王宮関係者であろう? 私が簡単に王宮に入れると思うのか。いいや、私は入れん。
 おっかなくて仕方ないぞ城なんてものは」
 一人反語のよく判らない理由だが、コイツのことだから深く考えるだけ無駄かもしれない。

 あの後さんざん『これは無効だろ』と騒いだが、『延期はしない、するとあんまし縁起良くないんで』と断られ、王様から賞金直に手渡され、勇者だと持ち上げられ、この王国のため、世界のために頑張ってくれ的なお言葉をかけられ、外を出たらもう取り囲まれてもみくちゃな中でコイツを見つけたのだ。満足そうな、完璧な笑みを浮かべて見てやがったコイツを見つけたら、もう腹が立つの何のって。

「てめーのセイで俺は勇者様だよ有り難いねッ!!」
「ふ、礼などいらんよ」
 皮肉も通じないとは、とんでもなくお目でてー奴だな。

「ところで、先程の話の続きなのだが」
「……?」
 俺は眉をひそめて男を見る。
「何のことだ?」

「おや? 話しておらんかったか?
 実はな、お前に手伝って貰いたいことがあるのだ」
「いくら出す?」
「……何のことだ」
 同じ台詞を返すとは、芸が無いな。訝しげに問い返してくる男に、俺はふんぞり返って言い放った。

「いくら出す?」
「……お前の問いの意図が掴めんのだが……」
「だから、いくら出すんだよ?」
「………………………………金を取るというのか?」
「当たり前だろ。俺の能力は使えば減るからな。正当な報酬を要求して何が悪いんだ?」
「……う゛。うーん……」
 俺が正論を述べると、男は腕を組んで唸る。どうやら言い負かそうと思って言葉を探しているようだが。
 悩んでいる様子を眺めながら、ふふんどーだ参ったか、何て考えてみるが、こんなことで張り合っても低レベルなだけかもしれない。

「出せないんなら、さよなら」
「何ィィ───!? お前は血も涙もない鬼だなッ! 話だけでも聞いてやろうという精神はないのか!?」
「俺暇じゃないから」
 大体、こんな大通りなんぞにいると目立つのだ。いつものように人除けの布を引っ被っているものの、見つかるとややこしいコトになる。
 俺はこれから、ひっそりとこの国を抜けようとしているのに。密入国ならぬ、密出国。

「話を聞くぐらいの時間はあるだろうっ? 食事を奢【おご】ってやっても……」
「聞くだけは聞く」
「……か、変わり身早いな……」
 やかましい。来るもの拒まずが信条なだけだ。時と場合により変化するけど。

 何はともあれ、近くの食堂で話を聞くことになったのである。

 店の奥まった席を陣取り、遠慮無く夕飯をご馳走になりながら男の話に耳を傾ける……フリをしていた。細かいことは全て抜けていったものの、さすがに名乗りには反応した。
「私の名はまだだったな。 アリュゼ、と言う」
「……それだけ?」

 えらく簡潔な名乗りに、拍子抜けした俺である。少々……いやかなり関わりたくない人種ではあるが、外見からして貴族だろうと思っていたからだ。
 貴族の名前は長ったらしいのが定番であることもあって、そう訊いたのだが。
「ふむ、どうやら誤魔化せんかったか……」
 馬鹿にしてんだろーか、コイツ。

「仕方有るまい。 私の本名はアリュゼルト・イルア・カ・ランディッサという。
 肩書きならば、カ・ランディッサ真魔王国主だ」

 ………………………………………。

「……はァ」
 俺は曖昧に相づちを打った。
「……それだけなのか?」
 どこか物足りなさそうに、男──アリュゼなんとかは言う。
 名乗りの時はずいぶんと得意げに胸を張っていたが、どうやら俺の反応にご不満らしい。

「てゆーか、マトモに話す気ないんだったら、俺帰る」
「おぅ!? 貴様疑う気か!? 人の名乗りを!?」
 ガチャーン! と賑やかに効果音をつけながら、大仰にリアクションを返してくれる自称・魔王。

「……そっか。リアクション魔王だな」
「何を考えているのだ、お前は」
 ……うーん、良い感じだと思ったんだけどな。
 何だか、頭抱えて嘆かれると俺が悪者みたいじゃん。何人かが不審そーにこっち見てるしさぁ……。

「じゃあもっとマシな嘘つけよ。一発で見破られるようじゃあ、ペテン師としては最低ランクだぞ」
「ペテン師などではないッ!!」
「そう言うよ大体」
「どうしたらお前は信じるのだ!?」
「あんたがあんたでなかったら信じる」
「別人になれと!?」
 ムキョー! とか、乙女の夢を壊しそうな奇声を発してアリュ(略)は言う……いや、叫んでる。

「……ま、落ち着けよ。追い出されたら元も子もないだろ?」
 フォークを軽く振って、腰をイスから浮かすどころか、演説者みたいに立ち上がっているアリュゼを窘
【たしな】める。全く、イイ年してはしゃぎすぎだよ、コイツ……。
「うむ。そうであった。珍しく正論を述べたな、若人
【わこうど】よ」
 むしろ俺は正論しか言っていない。

「でさ、リアクション魔王?」
「それはやめぃ!!」
 ……ちっ、このわがままプーめ。
「あんたが本物の魔王さんだと仮定して言うけど」
「嘘では無いと言うに……」
 泣きそうな声で言うな。自称『魔王』よ。

「なんでこんな所にいるんだ?」
「国を追い出されたのだ」
「一昨日来やがれコノヤロウ」
「お前、ホントに聞く気があるのか!? からかってるだけか!?」
 あ、何か声が悲壮感帯びてきた。周りの視線も痛いし、からかうのはやめるか。

「ごめんごめん。で、追い出された理由は?」
「さてな。私の施政に不満があったのだろう」
 アリュ(略)は笑いながらいったものの、それは些
【いささ】か皮肉げな、自嘲気味なものだった。
 そーやってりゃ二枚目なんだがなー……。いかにもっ、つーカンジで。

「んで、殺しちゃマズイっつって、揉め事を抑えるために国外追放?」
「そういうことだ」
 苦虫をかみ潰したみたいな表情で、唸るように同意を示す。
 俺は頬杖をつき、男の吐いた台詞を吟味する。空いた手はフォークを握っているが、カラになった皿をコツコツつつくだけで、特に意味はない。

「王を首尾良く追い出すには、王に不利な状況を与えなきゃなんねーよな」
「うむ」
 いきなり話し出した俺に、ちょっと目を見開いて、男は相づちを打つ。『何を話すのか分からんが、取りあえず聞いてやろう』という顔だ。

「今現在で、王にとって不利な状況ってのは何だろうって考えると……
 さしずめ人間側とつるんで悪魔側を裏切る、って所じゃないか?」
 俺がそう言うと、男は不敵に笑んだ。今までのふざけた態度が全て仮面であったのではないかと思わせるほど、この男に似合っていた。

 俺の直感は当たっていたのだ。コイツはタダ者じゃない。

「そう。そんな簡単な事だ。
 お前の頭でもこさえられるような陳腐
【ちんぷ】な言い種だが……これが一番効果的でもあった」
「その言い方、俺を馬鹿にしてんぞリアクション魔王」
「ふっ! もうその言葉で傷つくことなどないぞ!! 三度目の正直だからな!」
 傷ついたんかい。
 俺はコイツのことをちょっと不憫に思いながら、心の内でつっこんだ。

「あともう一つ。追い出した奴はお前の臣下で、しかも有能、血統も間違いなしってヤツだろ?」
「うむ。その通りだ。勘のいいヤツなら大抵分かるが──どうして分かった?」
「とことん馬鹿にしてるなあんたわ。ホントに力借りてーのかよ?」
 顔をしかめ、胡散臭そうな視線を送ってやる。答えようによっちゃこのままコイツを海に沈めてやる。
 ──と考えていたことが顔に出たか、アリュ(略)は慌てて手を振った。

「いやいや本気と書いてマジと読む、だ。今までのはちょっとしたお茶目だ。
 わからんヤツだな、お前も」
 ………………………………………お茶目って。
 突っ込む気力もございません。

「ともかく、だ。
 そんな噂が流れ、その噂が真実として民に告げられたのだ。その後私は魔術によって国外に出された……らしい」
「曖昧だなぁ……」
 俺は思わず呆れて頭を掻いた。

「それが、二日前だ。どうやら連中、私がセ・ル・ミーファ王国領で始末されればいいと思ったらしいな。
 英雄王なら、私の顔にも見覚えあるだろうし」
 グラスを手にし、その縁に口を付けようとして……首を傾げる。
「今の『英雄王』が、あんたの事を知ってる…?」
「ふ……先代とは良い勝負であった」
 ………………………………………いや、そんな懐かしそうに言われてもね……。

「ここからが、本題になる」
 アリュゼはいきなり真剣な表情になり、テーブルで手をつけられずに汗をかいたグラスの水を、少し口に含んだ。
「私が国外に出る際、交換条件を出されたのだ」
「交換条件……」
 何とはなしに繰り返すと、アリュゼは泰然とした態度のまま頷く。

「そうだ。私は妻の身柄を城に預け、命を保証してもらう代わりに私が国を出ることになったのだ」
 立派に人質取られている。そのセイで、未だにこんなトコロでふらふらしているのか。
「王位などには、もう興味がないのだが……妻だけは助け出したいと思っているのだ」
「じゃあ、こんなトコロで油売ってる場合じゃないだろ」
 俺はもっともなツッコミをする。奥さん……可能性としては無いことも無いだろうなとは思っていたが……むぅ、この人の奥さんって、どんな人だろうか……。

「うむ。そうなのだ……そうなのだが……」
 と、腕を組んだまま、歯切れ悪く唸るアリュゼ。
「何」
 なかなか続きを言おうとしない男に、促す意味を含めてそう言った。

「いやぁ……どうも、出れないようで」
「ハ?」
「だから、出国するのに金を取ると言われてな」
「……稼げよ」
「……どうやって」
 しまった。コイツ、貴族だった。箱入り息子だ。どら息子だ。ぼんぼんだ。

「そりゃ、アレだよ。 ……ウェイトレスとか」
 たまたま通りすがった美人のウェイトレスを見て、適当に答えてみる。
「あんなに丈の短いスカートをはけと!?」
「誰もそこまで求めてねぇよ!」
 確かにこの男は超絶美形で、男にしておくのは勿体ないくらいだが、野郎にスカートなんぞはいて欲しくない切実に!!

「……とまぁ、冗談はともかく」
 場を和ますためかコホン、と空咳一つしてアリュゼが言う。
「お前に手伝ってもらいたいのは、出国手続きだ」
「よーするに、あんたに出国費用を出せってコトか?」
「身も蓋もない言い方をするな。寄付だと思え、寄付」
 無茶を言う。

「そんなまどろっこしいことしなくても、いいテがあるぜ?」
 俺は、多分我ながら人の悪い笑みを浮かべていたと思う。右手に持ったフォークを、アリュゼの額ぐらいの高さにぴっ、と突きつける。
「いいテ?」
「そう。密出国」

「………………………………………悪事ではないか」

 『魔王』のクセして律儀なヤツだ。

「まぁだ、付いてくる気かよ?」
「私は諦めん! 貴様を何としても引きずり込んでやる!」
 『貴様』呼ばわり減点十。

 食事を気前よく奢って貰った後、そそくさと別れようとしたのだが、まだしつこく俺を留めようとするのである。そんなアリュゼを無視しまくっていたのだが、大声で呼び止めるわ挑発するわ有ること無いこと言いふらすわで、とうとう俺の堪忍袋の緒が切れた。一発吹っ飛ばしてやったが、大したダメージもなく復活し、アリュゼの文句はさらにエスカレートするばかりだった。

 ちなみに『魔王』なんちゃらとかいう話は、九割方嘘だと思っている。嘘、というか状況が似た別のトラブルに巻き込まれているんだろうと思っている。
 例えば、借金のカタに家と奥さんが押さえられてて、それでも抵抗するから気絶させられてセ・ル・ミーファ王国内に捨てられた、とか。あくまで例えの話だが。

「あーもーうぜぇなー俺はヤダっつってんだろ? 魔王だかなんだかわかんないけど、真面目に働いて出ろよ」
「そんなせせこましい人生など私には無意味!」
「じゃあ密出国すればいいだろ」
「私自身のモラルに反するから駄目だ!」
「じゃあもう、土に還れ」
「悪魔族は土に還れん!」
 あーいえばこーゆー。俺に一体どうしろと?

「てか、今のお前は単なる集り屋だぞ?」
「それのどこが悪いのだ?」
 中途半端なモラルの持ち方をするんじゃない。

「そもそも、あんたが魔王なんて話、信じちゃいないからな」
「疑い深いヤツだのう」
 そう応えるアリュゼの口調も、憮然としている。何度も繰り返された問答だからだ。
 大体、いきなり『魔王です。』なんて名乗られたって、『あぁ、あの有名な?初めましてー』なんてワケにはいかないだろう。何かしら証拠がなければ……証拠?

「じゃあ、魔王だって証明できるものは?
 それがあったら信じてやる」
 そう、そうだ、証拠だ。こいつが魔王だという確かな証拠がなければ、役所に突き出せば良いだけの話だ。
「ふむ……秘技として魔法などがあるが、ここはいかん。邪の気があるから簡単なものしか出来ん」
 邪の気……って、まさかセ・ル・ミーファの王国守護陣のことか??

「簡単なもの……って、例えば?」
「うむ……記憶操作か傀儡か死霊召喚か……」
 どれも黒魔術なんだナ。
 何にしろ、魔法では魔王だという証明にはならない。てゆーか、俺が魔王だと信ずるに足る証拠って、どんなもんだろ? やっぱし人を喰うとか……

 ──考えたら薄ら寒くなってきた。取りあえず、『人肉喰いますか』の質問は封印しておこう。

「てか記憶操作が使えるんなら、出るの簡単じゃん」
「何か策があるのか!?」
 目を輝かしてアリュゼが身を乗り出してくる。子供みたいに好奇心に満ちあふれているその表情に、俺はさらに疑いを深めつつ、
「まぁな。要するに、気付かれなければいいんだよ」

 真夜中の出国は、難しいが人目にはつかない。
 それとアリュゼの能力を利用して、俺たちはあっさりとセ・ル・ミーファ王国を出ることが出来た。しかもちゃんと出国証明書までもらって。

 トリックは簡単、出国料を払う直前に記憶を操作して払ったと思いこませ、それから門を出た後に俺たちが出国した記憶を消す。
 ふとした拍子に思い出すかもしれないが、その時にはもう旅の空、簡単には捕まらないだろう。

「うむぅ……こんなに簡単に済んでしまうとは……」
 アリュゼは何やらしきりと感心している。出国証明書を透かしてみたり、ぺらぺら〜と振ってみたり、表面を触ったりして、新しいオモチャを与えられたガキみたいだ。
 出国証明書は薄っぺらな紙の切れ端だが、それの持つ効力は、あるのとないのとでは大きな差だ。

「それ、無くしたって知らないぞ」
「うむ……」
 ホントに分かってんのか? このにーちゃん……。

 出国門から伸びる街道は、この先二手に分かれており、右へ行けばカ・ランディッサ、左へ行けばレディリスだ。カ・ランディッサは悪魔の国、レディリスは最南端の貿易国だ。
 俺はレディリスから出ている定期船で船旅の予定だ。が──

「手伝ってはくれんのか、勇者よ」
「お断りだっつってんだろ。そもそも俺でないと駄目ってことじゃないだろ?」
「いや、お前でないと駄目なのだ。正確には『勇者』でなければならん」
「……何で?」
 よく考えれば、そこら辺の理由は全然聞いていなかった。

「代々、魔王と一戦を交えるのは『勇者』だからな」
「英雄王でなく?」
「あんな物は飾りだ。トドメだけだ。おいしいとこ持っていくだけだ」
 ……どうやらあんまり良い思い出はないらしい。

「って、そんなの昔の伝承でしかないだろ? 何も『勇者』が出張らなくても……」
「その法則が破れたことがないのだから仕方有るまい」
「…………へ?」
 俺が間の抜けた声を上げると、アリュゼは肩をすくめた。

「何にしろ、『勇者』が『魔王』と戦うことは避けられんのだろう」
「……俺が?」
 こくり、と男は頷く。
 俺は首をひねって考えてみる。魔王と戦う……ねぇ、あんまりピンとこない。そもそも戦う気がないんだけどなー……。

「じゃあ言い方を変えよう。私の妻を助ける手伝いをしてはくれんか?」
「依頼料は、弾む?」
「私の妻はな、それはもう美人で私の自慢なのだよ。羨ましいだろう」
「依頼料は、弾む?」
「美人なだけではないぞ。よく気が付くし、料理も美味い。毒味を置くことを酷く嫌ってな……」
「依頼料は弾むだろ?」
「それで一度私は給仕長に叱られたのだ。妃の手料理も結構だが、それでは料理長が哀れだとな」
「依頼料は? なぁ、なぁ」
「…………………………………………………………………わかった」
 ふ、勝った。
 そんな内心の言葉をおくびにも出さず、俺は微笑んだ。これでもガキの頃には天使の笑顔なんて賞賛されたものだ。

「……お前、私の話を信じたのか?」
「ん、いや全然」
「おい」
「だからさ、確かめてやろうかと思って。お前がホンモノなのかどうか」
「嘘など言ってないというに……」
 何度吐いたか分からない台詞は、疲れた調子だった。

「でも、奥さん助けたら報酬貰ってさよならだ」
「そのまま世の中に平和をもたらしてやろうとは、思わんのか?」
「めんどくせぇー」
 頭をかき、正直な気持ちを吐いた。

 世界の平和とか、そんなことはどうでもいい。本当の平和なんて、それぞれの心の内でしか判断できないことだ。しかも、この『平和』ってヤツはせっかちなもので、やって来たと思ったらすぐに去っていく。
 そんなものを引き留める役割など、面倒で仕方がない。

 すると、アリュ(略)は少し笑った。
「お前は、やる気がない『勇者』だな。そんなヤツは初めてだ」
「あんたは──あんたの話が本当だとしたら──間抜けな魔王だな」
「間抜けとは何だ、間抜けとはッ!? 失礼な奴だな!」
「俺のことやる気がないとかって、侮辱しておきながら勝手なこと言うな!」
 あまりな言い種に、俺は思わずアリュゼの頭をはたいてやった。







 これが、まがいものの勇者と魔王の出会いの顛末である。
 この出会いがどの様に転ぶかは、まぁやってみなければ分からないだろう。

FIn


【やる気のない勇者と間抜けな魔王、その顛末】 改訂2003.12.7

レッツトークネタバレ!(ぇ?
ネタバレゆーてもそんな伏線ないですよこの話(笑)

はい、短編です。短編なのに約13,000文字も書いてるみたいです。
中編とかにすればいいものを、あえて短編て言います。
何故なら内容が薄いから。(爆)

この話を書こうと思ったのはバイト中でした。(またかよ
あー何かベタな話書きたい…ベタっつったら、王道? 王道っつったら、やっぱし勇者と魔王モチーフかしら?と思い、取りあえずテーマは決まりました。
次にキャラクターをどうしようと考えたときに、魔法を駆使するやる気ナッシングな少年と、ナチュラルハイな兄さん書きたいなぁーと思ったので、そのまま採用(笑)。
勇者と魔王の役割が逆でも面白かったかなぁーとちょっぴり思ってみたり。
あと、出会いだけで終わるってのは、初めから決めてました。だから実は『顛末』って言葉を使うかどうか迷ったんです。が、『出会い』限定の話を全て書く、という意味で『顛末』を使ってもいっかーと思って、仮題がそのまま本題になってしまったんです。
何故か直球タイトルなんです(爆)

他の短編を振り返ってみれば、女主人公のシリアス話が多い中、この話だけはお笑い路線で登場人物が男二人。
意外や意外、ギャグの方が本業(?)であるのに、短編に関してはその片鱗もないんですね。それを考えれば、ちょっと浮いた作品でもアリマス。(ぁ

12/7 追記

やや文章を削ったり変えたりしました。基本的な筋は何も変わってないんですけどね(笑
違いを見つけたい方は探して下さい(ぇー

05/07/18

文章の細かい所を改訂。こりゃ変だろうと言う所のみの変更なので筋に変わりはありません。


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