玻璃塚

 とある村に一人の娘がいた。

 その娘は村の長老の孫娘で、巫女様と呼ばれていた。田植えの季節になると神様に豊作を願う祭文を読み上げ、神様に美しい舞を奉じるのが役目であった。
 その美しさは近隣の村々にまで及ぶほどで、その性質はやさしく控えめで、いつも長老のそばでにこにこと笑っている娘であった。

 しかし、その娘が急な病で伏せってしまった。高熱を出して寝床から動けなくなったのだという。
 そんな噂が広まった頃には、娘の姿はぱったりと見えなくなっていたので、その噂もやがて本当だろうと村人達は思った。娘を慕っていた村人たちは、それを痛ましく思い、長老の元に見舞いにゆき、娘の様子を訊いた。長老は疲れた顔で様子を語って言うには、どうやら質の悪い風邪であり、大事ないとのことであった。

 熱は高いが、安静すれば治ると聴いて、村人たちはほっと胸を撫で下ろす。やれ、大事でなくてよかった、よかったとひきあげていく村人たちに、長老は弱々しい微笑みで見舞いの礼を述べた。

 村人たちの尊敬と思慕を集める巫女様の容態が安定したことが知られた頃、一人の娘が風邪を患った。その娘は村の中でも働き者と評判の娘であった。娘の両親は病が早く治るようにと薬湯を施した。単なる風邪、寝ておれば治るであろう、と誰もが思った。

 しかし、その娘の病は快方に向かわず、そのまま亡くなってしまった。単なる風邪だと思っていた村人たちは、その急な死の知らせに驚いて、娘の親御に尋ねた。一体、どうして、治る病だったんだろう?

 すると母親が、あれは単なる風邪なんかじゃないよ、ととだけ言って泣く。どういう事だ、と問うと父親が答える。ありゃあ、奇病だ、いや病などであるものか、呪いに違いない、と言って妻の肩を抱いて家に引っ込んでしまった。

 村人たちがその様子を訝しんだのもつかの間、その『奇病』に倒れる者が次々と現れ始め、それが普通の病で無いことがすぐに明るみに出た。

 まず、高熱で倒れる。熱が引いてから幾日と経つと、身体を動かそうとする度に節々に痛みが走り、動けなくなる。すると次は痛みを感じなくなり、ある日突然、身体が玻璃のように透け、硬質のものになる。
 それに驚いた者が、その手を取るとかしゃりともろくも崩れて破片と化す。
 それから三日と経たぬうちに全身が玻璃になる。その死に顔は妙に穏やかで、それがかえって気味の悪いものであった。

 そこで、ふと思い出す。長老の孫娘の病の初期症状と似てはいまいか、容態が安定したとは聴くが、死んだとは聞かぬ、もしやすれば治療法があるのかもしれぬ。村人たちは急いで長老を訪ねると、長老も人間が玻璃へと変じる奇病に頭を悩ませていたのだという。まさか巫女様も例の奇病を患ったのか、と村人たちが顔を見合わせた所に、当の娘が姿を見せた。病にかかる前と何ら変わらぬ姿に、村人たちは安堵した。やはり、奇病でも治す方法があるのだ。

 しかし、娘は申し訳なさそうな顔で言う。私の病は、その奇病ではなかったのです。娘の言葉に皆落胆した。長老も、医者に相談して治療法を捜してみるから、と村人たちを励ました。

 さて、この奇病が広まるのと時を同じくして、鬼が現れるという噂が出始めた。一人の若者が、月に一度ある男衆の会合の後、夜も更けて家に帰る途中、かしゃんかしゃんという音がするので、何だろうと確かめに行くと、そこは茂みがあって、奇病で亡くなった者たちの墓代わりになっていた場所であった。そこから音がする、そうっと覗くと、きらきらした破片を散らかしている者がいた。

 けしからぬ、と思った若者に気付いたのか、ゆっくりと、それは振り向く──血を滴らせ、かっと目を見開いた、鬼の姿がそこにあった。若者は慌てて逃げ出して、事の顛末を妻に話したが、妻は酔って幻でも見たんだろうよ、と言って笑った。その若者も、例の奇病で亡くなった。

 その後も鬼を見たという村人が減ることがなく、村中がびくびくと怯えていた。
 奇病も鬼も村人たちにとってはどうすることも出来ない恐怖だ。もうすぐ収穫の時期だというのに、田圃の世話もろくに出来ず、豊作の祭も舞もない。

 このままでは村が滅びる、と焦った村人たちは話し合って、長老に鬼を捕らえることにしたと告げた。長老はひどく慌てて、危ないからよせ、と言ったが村人たちは聴く耳を持たない。いつしかこの奇病は、鬼がもたらした呪いだと皆思うようになっていた。

 村人たちは鬼を捕らえるための作戦を練るため、 何日も集まって話し合った。長老は一人反対していたために、ひっそりとそれは行われた。
 そしてある夜に、それは決行された。村人たちはすでに鬼によって壊されていた玻璃の亡骸の破片を、出来るだけ多く集めて、茂みの影になった所に置いた。それに飛びついた鬼に、網を投げて絡め捕らえたのである。

 しかし、その鬼の小柄な姿、そして長い髪を見て村人たちは顔を見合わせた。どう見ても、人間のようなのだ。網に絡まって動けない鬼を仰向けにし、顔を火で照らすと、村人たちは一様に驚いた顔をした。鬼の正体──それは長老の孫娘だった。

 すぐにそれは村中の者の知るところとなり、すぐさま娘を連れて長老のもとに向かった。娘を目の前にした長老はおいおいと泣き崩れた。

 説明をしろと問いつめられた長老の話すところによると、この娘は何者かわからぬ、見知らぬ女から貰った子なのだという。しかもその母親らしき女は、この娘は災いの子です、だから殺してくださいと頼んだという。もちろん拒否をしたが、いつの間にやら女はいない。

 ところで、長老の娘は身体が弱く、子は望めないと言われていただけに、このような赤子を殺すのを忍びなく思い、女の災いの子だ、という言葉を狂言だと一蹴し、娘の子、自分の孫として育てることにしたのだった。

 それから十数年が過ぎ、美しく成長した娘はやさしい性質で、誰からも慕われる娘になった。しかし、病に倒れてから、少しずつ何かが狂い始めていた。

 熱が引くか引かないかの頃、娘が急にふらふらと家を徘徊し出した。その様は、幽鬼のようであった。
 そして熱が引くと、娘は動けなくなり、右手から徐々に玻璃に変じていくという、異常な様に長老はその気味悪さに身体が震えて止まらなかった。何より、それを冷静に眺め、にぃ、と笑う娘の姿が恐ろしかった。

 その夜を境に、夜中に足音がするようになった。初めは気のせいかと思っていた。翌朝には長老よりも早く起き上がっていて、お早うございますと笑う娘は何ら変わりなく、右手も玻璃になどなっていない。夢だったのだ、と言い聞かせたが、やはり日を追う毎に娘の右手から腕にかけて玻璃化が進んでいるのは明かで、同時に夜な夜な娘が家を出ているようなのだった。そしてそんな日の翌日には玻璃だった箇所が元に戻っている。

 娘が外に出ていることを、確かめるのが恐ろしく、長老は見て見ぬ振りをしていたのだが、たまりかねてこっそり出て行く娘の後をつけて行った。
 娘はふらふらと彷徨っているかと思うと、ふと道をそれて、近くの家に入っていく。足音も立てずに、である。長老は外で娘の様子を伺うことにして、前栽から見ていると、やがてかしゃんかしゃんという音がする。何事かと思って目を凝らす、と月光の下、輝く玻璃の亡骸を、血を流しながら喰っていた姿が見えたのである。

 長老が身動きが取れず固まってしまった時、その家の家人が起きた気配がし、何者だ、という怒号で、はっと自分を取り戻した。そして、腰を抜かしながら家へと逃げ帰ったのであった。

 その事を、村人たちに告げることが出来なかった。それは孫娘の意志でやったことでないと信じたかったからだ。

 涙ながらに語る長老を、村人たちは苦い顔をして目配せをした。長老の話に依れば、この奇病を治すには、玻璃の──元は人間の──亡骸を喰うしかない。

 だが、災いの子供のせいでこうなったのだ、という意見が上がると、他の者たちもそれに同調し、かくして娘の姿をした鬼と、その鬼を育てた長老は殺されたのであった。

 しかし、この二人が死んでからも、その奇病が去ることはなかった。近隣の村々の人々は、こちらにも被害があるのではないかと不安に過ごしていたが、それは杞憂に終わった。
 玻璃病は、その村にしか流行しなかったのである。

 村人たちは一人残らず奇病に倒れ、やがてその村は滅んでしまった。

 後に一人の女が此処を訪れて、荒れ地になった村跡に小さくではあったが弔いの塚を作って祀ったという。
 その塚は、誰ともなく玻璃塚と呼ばれるようになった。


【玻璃塚】 2003.11.1 

あとがきというか言い訳?(ぇ

まず、この話はフィクションです。
「玻璃病」は話の都合で創ったものであり、現実には存在致しません。

と、お約束の注意書きをしたところであとがき。

なんとなく民話調? 何となく昔話調? な短編です。
とりあえず会話が無くて語りだけ、というのが取り柄の話(ぇー
ちょっくらホラー味を配合、って感じで頑張ったんですけど、怖いかどうかは分かりません。なんつーか…書いてる方は別に怖かないし、ホラーの類はそんなに怖いと思う方じゃないし。
もし怖がってくれたらしめたもんだと(ぇ

この話には、謎が残ったままですね。子供を預けた女の正体とか。
一応この話を書き終わった後に、思いついたことがあったので、追々話にも書けたら良いなぁーと思います。
てゆーか暗い短編が多いので、明るいのを書きたい!
と思ってるにも関わらず、何か暗いよやっぱりこの短編;;
「真鍮満月」の掲載が終わるまでに、何か明るいお笑い街道突っ走り!!な短編書きたい…。
とゆーか長編の更新べらぼーに遅くてスミマセン。
だけど…やっぱり短編の方がやりやすかったりします。

そんなわけで暫く短編の更新が主になるかもしれません;;
お笑い街道突っ走り短編の前に、似非時代物というか…泉鏡花ちっくな話を目指した話が更新出来そうです。
題名はあっさり『蝶々結び』に決まったので、こちらを先に上げたいと思います。

てゆーかその前に「真鍮満月」完結を目指します…!(ぁ