謳ひ人の啼く丘で 第一部
6
馬を走らせて数刻もせぬ間に、煙の正体はすぐに分かった。
先に飛び出したエランとシェスェルは目の前の光景に思わず言葉を失った。
累々と横たわるのは人──その全てが無惨に斬り殺され、辺りを血の色に染めていた。天幕らしきものが火に炙られ、この様な場処では滅多に見れない繁る緑も同様だ。沙漠での命綱とも言うべき至泉の集落はその姿を変え、旅人の憩いの場から無惨な殺戮の場となっていた。
「……酷いことをする」
「一体……何でこんなこと……」
呟く声すら、どこか呆然として力がない。炎のくすぶる音、どこかで建物か何かが崩れる音がした。
「無事な人、いないのかな……」
「いたとしても二人で探すのは難しいな」
答えてエランは馬から降り、集落へと踏み込んだ。
まだ後続の人間が来るまでは時間があるだろう。それまでにこの惨劇の原因とは言わずとも手がかりくらい見つかれば良いのだが。
躊躇いもせずに進むエランに続いて、シェスェルが覚悟を決めたように馬から降りた。
「シェス、無理はしない方が良い」
僅かに振り向いて、エランが言う。
噎せ返るほどの血の匂い、それに加えて人も焼かれたのか異様な臭気が立ちこめている。決して気持ち良いものでは無いがエランには多少の慣れがある。しかしこの少女にそれを期待するのは無理な相談だ。
「ここまで来ちゃったら、一緒だよ」
蒼白な顔をしていたが、きっぱりとした口調で言う。
エランは首を振ってそれ以上の言及は避けた。シェスェルは元々、こうと決めたことをあっさりと翻すような質ではないのだ。
言って大人しくなるような性格なら、フェルの制止の時点で留まっているはずだ。それをしないところに少女の気の強さが表れているが、流石に参っているらしく、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
エランが肩をすくめたのを了承の意と受け取ったシェスェルは、馬を適当なところにつないで小走りでエランの傍に寄った。
辺りを探ってみたが、人の気配は一切感じなかった。ただ、この悲劇がおそらくは数刻前に起こったことだろうということくらいしか分からなかった。
至泉はこの厳しい沙漠という環境の中で、人が生活を営める数少ない場だ。たがこの集落でも物資と情報の源は行商人のみである。賊が襲うほど恵まれた土地でもなく、水を得るだけに襲うのも考えられない──彼らは彼ら自身が拠点とする至泉があるからだ。
加えて、賊が集落の人間を皆殺しするという話もエランは聞いたことがなかった。そもそも彼らの目的は物資であり、目当ての物を差し出しさえすれば命は助かる。至泉の住民もそれを充分承知していて、賊との間に奇妙な共生が成立しているのが現状なのだ。討伐軍がなかなか出ないのも、こういったことが一因になっている。
とすれば、誰が、何を理由に──?
「なんか、徹底的にやっつけた、っていう感じだよね……普通じゃないよ」
──確かに、普通ではない。
ふと口封じ、という考えが脳裏をよぎった。
「何かを、知ってしまった……?」
しかも、集落一つを滅ぼしてしまうほどの『何か』。
「……あんまり話大きくしないでよ……」
抗議のように、シェスェルが呟くのを聞いて、エランはそうだな、と息を吐いた。難しく考えすぎるのはお前の悪い癖だの、とアルジェにも苦笑まじりに言われたものだ。
その時、幾つもの馬蹄の響きが耳朶を打って、後続の人間が来たことが知れた。
予想よりも早い到着だ。おそらく、アルジェが先に騎馬のものだけ寄越したのだろう。
「……弔いばかりだな」
「勘弁してよ、もー……」
今更ながら寝不足であることを思い出したかのように、シェスェルは呻いた。
葬る、と言っても正式な手順を踏むような暇はないので一カ所に大きな穴を掘って、そこに住人たちを眠らせることにした。
普通ならば、商隊はそこまで気を回さなくても別に非難はされない。
過酷な状況下で脱落する者の遺体は野晒しのままで、弔う余力すらないのが現状だからである。
今回はたまたま賊の襲撃が少ないために物資の余裕があり、場処が至泉の集落だった。長年ここを利用していたから、顔見知りも多く、弔ってやろうというアルジェの言に首を振る者など居なかった。
多少不満の声も聞かれたが、僅かずれておればお前達も犠牲になっておったかもしれんぞ、とアルジェに穏やかな口調ながらはっきりと怒気を滲ませた声で言われ、すごすごと引き下がったらしい。静かな怒りだか、怒鳴られるより恐ろしかったのではないかとエランは思う。
凡そアルジェの怒りは賊の襲撃より怖い。身を以て知っているだけに、その相手の恐怖が想像できる。とは言え、同情する気など更々なかったが。
その一幕を聴いてのエランの感想がこれである。耳にしたフェルが、やっぱお前あの爺さんの身内だよ、と呻くように呟いた。
「でさー何だと思う?」
主語を抜いた問いかけをしてきたシェスェルを、エランとフェルが見る。
現場に真っ先に踏み込んだ年少組はアルジェに懇々とお説教された後、馬の世話を命じられた。エレクトラム商会が所有する馬は十数頭いるが、本来ならば下働きの若者が商会の手伝いと共に行うものだ。
エランは何となくそれくらいのことを予測していたが、シェスェルは「えーっ!?」と不満の声を上げた。
「文句あるかね?」
怖いもの知らずのシェスェルもアルジェの一睨みで小さくなる。それでも同席していた父親に助けを求めるように視線を向けたが、いつもは娘に甘いラダルもこの時ばかりは助けてはくれなかった。
斯くして二人は、厩代わりになった一角に追いやられているのだった。
何故かフェルは目付け役だ、と言ってここにいるが、単に面倒なことから逃げてきただけだろう。
「この事件の原因か?」
丁寧に毛並みを整えながらのエランの科白に、シェスェルが唇を尖らせる。
「それ以外にないじゃん」
シェスェルとフェルが怠けているのに対し、エランは言われた通りに仕事をこなしている。与えられたことはやり通すのが信条の少年は妙に律儀だ。
「例え原因が分かったとしても、だ。別に俺たちにゃ関係ねーだろ?」
「えー、でも気になるじゃん」
「……そうだな」
不服を唱える少女に、エランが同意すると、シェスェルとフェルの二人が驚いたように沈黙した。
まさか沈黙されると思ってもいなかったエランは、不意に落ちた静けさに不審そうな顔をした。
「何?」
「いやまさかエランが同意すると思わなくて……」
いつもなら他が興味を持ったら煽り立てて便乗するシェスェルも、予想しなかった相手に同意を得て動揺したのだろう。
「そーだよ。真面目一辺倒のエラン君がいい加減なシェス嬢ちゃんに感化されたかと思うとおにーさんは悲しい」
「ちょっとーっ! それどういう意味っ!?」
「どういうも何も直球だったろ、今の」
「なーんか腹立つ〜〜〜!!」
ぎゃいぎゃい喚く二人──というか主にはシェスェルだが──に、エランがため息を漏らす。
「……お前ら、遊ぶなよ」
聞こえるかどうか分からない呟きだったが、二人はぱっとこちらを向いた。
「だってわたしら遊び係だもん。エランは仕事係」
「そうそう。分かりやすいだろ?」
「…………」
エランは再びため息を吐いた。口達者な人間二人を相手に、自分が勝てるわけがないのだ。
「で? 何が気になる?」
「念が入りすぎてるような気がして……」
エランはそこで言葉を切って、馬の尻を叩いてやった。
「考えすぎだと良いけど」