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謳ひ人の啼く丘で 第一部
4 「何かいい話聴けた?」 小首を傾げてエランの顔を覗き込み、シェスェルは尋ねた。 「良いかどうかは疑問だけどな」 エランはそう答えて地図の周りに集まった顔ぶれを眺めた。 彼の正面に立つ男はご苦労様、とエランに声を掛けてから、再び地図に視線を戻し、考えるように顎に手を当てる。 穏和そうな雰囲気はどこか人の甘さを感じさせて、やや威厳には欠けるが、この男こそ雇い主であるエレクトラム商会の長、ラダル・トルカトルである。 「全く、毎度の事ながら命懸けですな」 ラダルは隣に立つ老人に視線を向け、どうですかな、と問うた。 すっと背筋が伸びた立ち姿と、柔らかい物腰に隠された鋭い眼光、何より腰に佩いた剣が、未だ現役であることを如実に物語っている。 傭兵の中で最高齢の彼は、ラクラ老、アルジェ老などと呼ばれ、周囲から一目置かれる存在だった。 「確かにの。じゃが、傭兵の数が多いでな。それにかの有名な『赤光』殿もおられる」 「やだねぇ。これだから爺ってのは油断できない」 「若い者が何を言うか。この期に及んで老体をこき使おうとでも思っとるのかね?」 「お二人とも、それは余裕の発言と取っても宜しいのですか?」 「構わんぞ。『赤光』殿が助けて下さるからな」 「口の減らない爺さんに育てられたから、寡黙な子になっちゃったのかねぇ……」 「ところで、どんな話聴いてきたの?」 「リグ・リタ軍が、賊の警戒の為に兵を出したらしい。今、国境付近にいる兵も皆リグ・リタ軍籍だ」 リグ・リタの紋章は絡み合う二頭の龍と散りばめられた星辰である。黒の地に金の刺繍は遠目に見ても目立つ。何気ない振りをして住人の一人に訊いてみたら、返ってきた答えが先の科白である。 きっぱりとしたエランの返答に、ラダルはふむ、と頷いたが、何処か納得いかないようである。 「何か、嘘くさくない?」 「だって、リグ・リタとリタ・シリって、仲悪いんでしょ? 軍が出てきて賊が減るのは構わないけど、代わりに戦を持ち込まれちゃ敵わないよ」 「刺激するなって? わかってるよ。でもいつそうなってもおかしくないって、聞くしね」 住民たちは純粋に賊の討伐の為に皇【オゥルオ】が考えて下さった、と思っている様であるし、本当に賊討伐の軍であるのかもしれない。 賊による被害はここ数年無視出来ないものになっており、商隊が自由に行き来出来ない治安の悪い国だという評判が立てば、商隊の落とす恵みを享受しているリグ・リタが一番困るのである。 真意が分からない以上、ここで論議することは無駄だ。彼らの一番の目的はこちらの被害を抑えてリタ・シリの地を踏むことであるのだから、それを優先すべきなのだ。 「軍が警戒し始めたのは、いつ頃かの?」 「全てはリタ神の御心のままに、じゃ。何とかなるじゃろ」 .................................................................................................................. |