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謳ひ人の啼く丘で 第一部
3 風を鋭く、切り裂く音が耳を打った。 真っ直ぐと野営地へ向かおうとしていた獣が、大きく後方へ弾き飛ばされるのを見た。少なからず驚いて軌道を辿ってみると、その先に人影があった。随分小柄な人影と、それを守るかのように数人の男達。 その小柄な人影が構えていたのは弩。それで、向かってきた獣を撃ったのだろう。 弩を手にしていた人影は些か緊張した面持ちで、自らの撃ち落とした獣を見つめていた。それがエランもよく知る少女であることが視認出来、その隣に立つ人影もまた誰なのかが分かった。 びんと背筋の伸びた老人だ。鎧と腰に佩いた剣がよく似合う、武人然とした姿である。 「間一髪ってところかな」 少女特有の甘さを含んだ声が耳に届いた。ここまで入り込んだのはこの一匹だけらしい。他でも追い払ったのだろうか歓声が聞こえてきた。フェルが遅れてきたエランを見遣って、肩をすくめた。 「でも、射撃精度は弓に劣るかなぁ」 「だったら弓にすりゃあよかったろうが」 「こっちは大丈夫だよ」 「少しくらいなら、まわしても大丈夫そうみたいだなぁ、あの調子じゃ」 「やれやれ、出鼻を挫かれたようじゃな」 「出て行った者には休息を与えてやれ。遺骸の始末はその後だ」 「さぁね。俺達が見つけたと同時に反対側でも声が上がってたけどな」 戦闘の後で気が高ぶっている。眠れるような気がしなかったが、実際に横になってみると案外瞼は重い。強く感じてはなかったが、やはり疲れていたらしい。 眠りに落ちる直前、強い血の香りが鼻腔をくすぐって、あまり夢見は良くなさそうだと思った。 深夜の戦闘の余韻を引きずってか、今朝は皆目覚めが早い。 無言で行われた儀式は犠牲に対する悔いや弔いよりは、この街に対する配慮の意味が強い。 東方は信心深いのが常だ。彼ら傭兵が敵と見なして排除する凡庸神【アタナン】ですら、その名の通り神なのだ。故に、手厚く葬らねばレラの住民が祟りを畏れて、今後商隊の出入りを拒むことも考えられた。 死体が粗方片付けられて、一段落したところで次は炊事の為に女達が姿を現した。その他馬の世話に走る若者や荷の点検、整理をする手代など、彼らがやることは山積みである。 そうこうしているうちに空は明るみ、太陽の光が燦々と照りつけてきた。 エランはその中を通り抜け、エレクトラム商会の天幕に向かう。 扱うものが高価なだけに、人件費、護衛費用諸々に自らの利益を加算して、原価の何倍もの売値をつけるような商人も多い。その中で、エレクトラム商会は比較的安価で良質な品物を売ることを信条にしている。だからうちは採算がとれないんだよ、とはエレクトラム商会長の娘、シェスェルの言だ。 その当人は大人たちが広げた地図を物珍しそうに眺めていたが、不意に視線をエランの方に向けた。 短めの跳ねた赤毛が、あどけない少女の輪郭を縁どっている。格好もそうだが、くるくると良く動く、快活そうな緑の瞳がこの少女を少年っぽく見せている。 弩を操って、見事獣を討ち取ってみせたのがこの少女だ。年は確か十三か四だったはずだ。 |