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謳ひ人の啼く丘で 第一部
2 夜の帳は等しく平等に皆を覆い、星がそんな彼らをからかうように瞬く。一日に幕を閉じるその様に、夜の始まりを改めて感じる。 しんと静まり返った場所で、時折ぱちりと火の爆ぜる音が聞こえた。 ふと、暇に飽かせて空を見上げる。どこまでも続く、星空の天蓋。薄くかかった雲が風にながれてうねる。夜空に濃淡を描き出し、単調な時間を彩っていた。 髪を掻き乱す冷ややかな風が吹く。幾つか立てられた松明も強い風に生き物のように揺らめく。風を受けていると水分ばかりでなく体温さえも奪われていくのが分かった。 最初は慣れなかったことでも、今ではすでに沁み込んでしまって、大分身体も楽になってきている。 隣に並んだフェルを見上げると、彼はエランも見ずに少しばかり目を細めた。 それを受けて目線だけ動かした。距離はまだ遠い。相手の姿を確認出来てはいないのだが、確かに何かいる。証拠はないが、直感で分かった。無意識にエランの手は剣の柄へと伸びる。 「凡庸神【アタナン】だっ!!」 しかし後方に何かが近づいているような気がして、何も考えずに振り向きざま剣を繰り出した。ぎゃっ! という悲鳴が間近で上がり、それの爪先が僅かにエランの頬を掠めた。 寒さよけに身にまとっていた毛布が返り血で濡れる。動きやすくするためにそれを脱ぎ捨てた途端、寒さが小さな針のように肌に突き刺さったが、気にならなかった。 いつの間にか数匹の獣に取り囲まれていていて、それと対峙する。冷たい夜風に血の匂いと獣の生臭さが混ざる。その生々しい殺戮の雰囲気に思わずエランは顔をしかめた。 再び風が吹く。今度は、匂いとともに音も運んできた。途切れるような悲鳴、金属の擦れ合う音、逃げろと避難を指示する怒声。 はっきりとした姿はわからず、ただ獣の輪郭だけが闇の中、僅か濃く形作られている。 血の匂いは獣のものだけではないらしい。間合いを取っている獣の口からも、赤い液体が糸を引いてぽたりと落ちる。ふと視線を獣たちが現れた方向の先へ巡らせると、いくつかの死体があった。無残に食い千切られて、元の形をとどめてはいないが、着ていた服らしきもので人だと判断する。 ここは天幕を張っている商隊の中でも端の方に当たる。この様な場所で身を潜めている人間など限られている。恐らくは賊の類だろう。 剣を握り直し、構える。相手の純粋な殺意を感じ取りながらじりじりと移動する。 獣の死骸を振り払っている内に、もう一匹が足に食らいついていたが、これは覚悟の上である。痛みを堪えて蹴り飛ばし、ぎゃん、と吠えた獣に剣を突き立てる。 冷静な剣捌きだった。普段の彼を象徴するかのような、淡々とした動作は機械的とも言えた。だが切っ先は的確に相手を捕らえて切り伏せる。決められた型を決められた様になぞっている、まるで剣舞のようなその動き。 フェルの方も、無造作な動きで剣を操り、確実に敵を屠っていく。足取りも軽く、からかうような仕草で獣を翻弄している。余裕で結構なことである。フェルの様子を見てエランは軽く溜息をついた。 フェルとエランの他に、加勢に出て来た傭兵が何人か。彼らもまた善戦していたが、数の多さ故に足止めを食らっていた。 早く退治してしまいたい、しかし数は減らない。火に弱いこの獣は、火を見せるだけでも退散するようなものだが、応援がまだ来ない。 いつ終わるとも分からない気がして、ただひたすら斬っている内に、焦りと疲れからか単調な作業となりつつあった剣の動きが鈍った──それが敵の好機となった。 「あっ!」 誰の悲鳴か分からなかった。もしかすると全員が何かしら声を上げたのかもしれない。 舌打ちをして斬り捨てる。残りはあと数匹だ。その場にいた傭兵に後を任せて駆けだした。 間に合わないかもしれないという焦燥に駆られて野営地の中心へ向かう。 |