03. 鬼
水辺に舞う蛍は、いっそ現実離れしていた。
炯は今宵の空の色の如き、藍色絣の着物を着てふわりと笑った。
私は、いつも彼が布団の上で大人しく本を読んでいる姿しか知らない。彼の母親は本当に軟弱なんだから、と息子の肩を叩いて快活に笑っていた。
私と彼は、所謂幼なじみという間柄だ。
と言ってもお祖母ちゃん同士、お母さん同士の仲が良かっただけで、私たちはそう親しくした覚えが無い。ただ私が知っているクラスの男の子よりも、大人しくて気が弱そうで、あまり喋らなかった。私も人見知りな方だったし、初めて顔を合わせた日など、ろくに話すことも無かった。
今思えば、大人びていたのだろう。中学の頃、憧れていた先生の笑顔と、彼の笑顔が重なってそう気付いた。
彼の家は、今時珍しいくらいの木造建築の二階建てで、駅から少々離れた住宅地の中にあった。
築何年なんだろう。詳しくは知らないが、そうとう昔からあるみたいだった。庭も広くて、緑が濃かった。四季折々に違う表情を見せていて、それを見つけたときの新鮮な感動を今でも覚えている。
私が生まれる前、両親はこの近くに住んでいたのを、父の転勤に伴い都心に移ることになった。そして、私が産まれて五年目に、初めてこの家に来たのだ。
浮世離れした家。古くからの時間が残る家。
都会育ちの私にとってはその懐かしい埃っぽい香りが、ひどく好ましく思えた。
水辺に映る蛍は、まるで星空を模しているみたいだった。
夏の蒸し暑さも、水辺なら風が涼やかだ。何より、炯の姿は夜の中で凄く映える。昼間、ほとんど動くこともなく、静かに喋り笑う時、こんなに鮮やかに見えたことがない。
彼は七ちゃん、と言って私に呼びかけた。私の名前は、 七虹(ななこ)である。
「蛍って人の魂を意味することもあるんだって」
「そうなの?」
問い返しながら、一番最初に話したのはいつだっただろうかと考えた。何せ昔のことだ。記憶が曖昧だった。
「うん。死んでしまっても、会いたいという想いから、そういう意味を持ったんだと思う」
「炯君も、死んだ人に会いたいって思う?」
「多分」
あぁ、思い出した。確か、初めて会った日の、翌年だ。ちょうど今と同じくらいの季節で、蛍を見に来て、一緒にはしゃいだっけ……。
あの時、初めて見た明るい笑顔と笑い声が、珍しくて嬉しかった。何だ、全然普通の子だって思った。
「七ちゃんは?」
「え?」
「七ちゃんも、死んだ人に会いたいって思う?」
柔らかく、またふわりと笑ったから、私も笑った。
「多分ね」
水辺に舞う蛍は、いっそ現実離れしていた。
多分、最初からそうだったんだと思う。あの家の存在も、あの家に住む人々の気配も。
思い返してみれば、思い出は足りない空白のパーツが多くてふとした瞬間に、その記憶を呼び覚ましてやらないと、私の脳の中の使われてない部分に全部消されてしまう。
私の二十歳の誕生日。
繰り返され続けた蛍狩りは、その日を最後に終わりを告げた。
それでも私は、これまでの三年間、ずっとこの水辺を訪れている。
死んだ人に会いたいって思う?
多分なんかじゃない。私は君に会いたいんだよ。
だって、蛍はまだ飛んでる。この中に、まだ……炯、ねぇ、いるんでしょう?
水辺に住む蛍が、私の想いに答えるみたいに、ゆっくりと鬼火のような光を放った。
鬼…と言って思いついたのが、鬼火。で、私に鬼火を連想させたのが蛍でした。
あれが自然界に有る光なんですよ? よく考えたら凄くないですか?
その蛍を人の魂だととらえた、後拾遺和歌集1163番、和泉式部の歌
物思へば 沢の蛍もわが身より あくがれいづる魂かとぞ見る
とゆー歌を見つけて、コレを頭に置きながら書きました。
詩ってゆーよりはもう短編ですな。『鬼桜』と同じく直打ちなんで、可笑しさイッパイ胸いっぱいです。(謎
ちなみに歌の意味は、
物思いをしているので 沢で飛び交う蛍も、私の身から離れて彷徨い出る魂なのかと見えたのだった。
とかこんな感じです。
つーか30題、並べてるだけだと見にくいなぁ;
その内一題ずつ頁作ります。
7/7 追記
とゆーわけで頁分けて見ました。
多分見やすい。きっと見やすい。
そう信じてます…(ぁ
どうでもいいですが、七虹ってゆー名前がお気に入りです。(ぇー